好きな人としかつきあわない、でいい

好きな人とだけつきあう、とは?

テレビをみるたび、出演者にいちいち「私この人キライ」と言う人がいる。ぼくのオカンがそうだ。そのことが不思議で、耳にするたびにイヤな気持ちになったものだ。そもそもなぜ「このひとキライ」宣言をするのだろう? 「だからあなたもキライになりなさい」と同調を求めているんだろうか。それとも「この人がダメな点を指摘できる私のセンスをみよ!」と自慢したいだけだろうか? と。

ものごころがついた時から、ぼくは好きな人としかつき合わないと決めていたようである。「ようである」というのは、自ら宣言したわけではなく、親や先生からそんなことを聞いていたからだ。「キライな子とも等しくつきあうようにしなさい」と生活ノート(先生と生徒、親御間での交換ノート)で叱責されたことをしぶとく覚えている。

世の中というものは大人になるにつれ「キライな人ともつき合わねばならない」度合いが高まる。日本ではそれを「大人の付き合い」などというが、ほんとうにそうだろうか?

好きでもない人と付き合い続けるというのは、なかなかしんどい。苦痛がやがて快感に変わる、なんてこともない。だけど、一方的に「この人がキライ」と決めつけてかかるのも良くない。ひとは誰しも自分が悪の化身で、他人から嫌われる存在であると思ってはいない。世の出来事や人間には常に両面あって、良い部分のどこかにあなたの好きなところをみつけることができる。「ああ、自分はこの人のここが好きだ」と。

 

キライな人のことは口にしない重要性

ちっとも好きな人が現れない・・
という人と話してみると、好みがはっきりしていることがわかる。尊敬できる人。誠意がある人。清潔な人。楽しい人。仕事のできる人。などである。そして該当する人がちっともいないことに落胆する。好きなタイプというより、理想の人に近い。「自分がそうありたい」という願いにも聞こえる。理想を語り過ぎれば、とうぜん人を好きになることとズレてくる。

高い理想は同時に自らを窮屈にさせる。自分の決めた好みに自ら縛られてしまうからだ。大した根拠もなく他人をキライと口にすれば、めぐりめぐって自分のことをキライになりやすい。その上、なにか困ったことがあると「どうせ自分なんてて・・」などと口にする。

古民家を改装したバーの小窓(金沢市)

もちろんぼくにだって、どうしても好きになれない人も中にはいる。
そんな人とはつき合わなくても良い。静かに距離を置くのだ。連絡も取らないし、連絡も受けない。それで仕事や生活に支障が起こったりすれば、起ればいい。縁がなかったか、あっても失われたのだ。構わずつきあう理由はない。好きか嫌いかというのは、正しいか正しくないかより優先されるものとぼくは思う。個人的には「正しくなくても好き」のほうが「正しくてもキライ」よりも大事なのだ。

わざわざ誰かをキライであることを口にしたり、理由をあげてみせる必要もない。前述の通り、自分をキライになることにつながるからだ。その意味で、誰かをキライと口にすることに、ぼくたちはもっと注意深くなるべきなんじゃないかと思う。

毎年少しずつ短くなる秋。日本の四季が際立って美しいのは、他より春と秋が長いから。

 

好きな人は選ぶんじゃなく増やす

好きな人だけとつきあって生きていく。
そのことは子供じみてもいなければ、わがままでもない。そんなことより、もっと時間をたいせつにすべきなのだ。出会う人すべての良いところを「アラ探し」し、それを理由に好きになる。可能な限り好きな人を増やすが、叶わなかった人とは距離をおく。誰もが好きな人やものに囲まれて暮らしたいと思う。そのために必要なのは、好きな人を好みのタイプで選別したり、ただ現れるのを待つんじゃない。もっと良い面を探し、好きになる人を増やす。そのためにも、たくさんのことに興味を持ち、行動範囲を広げることもとても大事なことである。

好きなものが増えるというのは生きていく糧である。逆にキライな人や、コトが増えるのは不幸以外の何ものでもない。

 

1 個のコメント

  • そういえば子供の頃、私の母も、家の中では、「あの人嫌い」というような事を言っていた気がします。(外面はいいので、外ではいい人ぶる)
    そしてあまり意思がはっきりしていない私は、無意識にその意見を刷り込まれていたと思います。おそろしい・・・・。
    だからみんなと平等に仲良くしなきゃ、仲良くなれない自分はだめだ!と思った時期もあります。
    逆に年を重ねるにつれ、無理せず、自分の欲求に正直になり、嫌い・苦手な人には出来る限り近づかないようになりました。(仕事で最低限必要な
    場合は、その最低限のみ)
    「正しくなくても好きの方が大事」という考えに一票。
    生理的に、直感的に安心感を得られるというのは、生物として、生命維持の本能とか、保身とかに結びつくのかな〜、というのもちょっと乱暴すぎでしょうか。

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    なおきん

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを
    めざす。