自己チューな人ほど実は心は傷つきやすい?

 

人間は感情によって強い支配を受けている。
だから感情の波だちによって、考えや理性に乱れがでてしまうもの。自分にとって不都合なことがあると怒りにとらわれ、理不尽な出来事にショックを受けもする。だがそのいっぽうで、同じような不都合なことに出会っても、理不尽な出来事に見舞われても、たいして乱れない人だっている。

世の中にはそのように、感情をコントールできる人とそうでない人にわかれる。恒久的にそう決定づけられるというより、途中で変わってしまう人もいる。ぼくのように。かつてはちょっとしたことですぐにカチンときていたぼくは、年のせいか、住んでいる環境のせいか、就いている仕事のせいかはわからないけれど、あまり感情にふりまわされることがなくなった。ある日を境にそうなった。というよりは、ひとから言われて気づいたようである。

コーチングなどの勉強をした人なら「抽象度」について学んだことがあるかもしれない。抽象度が高い人は、ものごとを広く普遍的にとらえ、悪く言えばとらえどころがない。逆に抽象度が低いひとはディテールにこだわるぶん視野がせまく、細かいことがいちいち気になるようである。

感情に左右されやすい人はストレスをためやすい。抽象度が低い人はわりとそういう傾向にある。イヤな言いかたを許してもらえれば、自己チューな人でもある。マイナスな感情を持ちやすいのは、自分の受ける被害にことさら敏感だ。バカにされた。自分だけひどい目にあった。あいつの悪意を感じる。だれも自分をわかってくれない・・などという感情に陥りやすい。ようするに、とても傷つきやすいのである。

抽象度が高い人、というのはだれかと言い争いになっても、当事者である自分を含め両者を俯瞰してみることがある。あいつも悪いが自分も悪い。今自分は腹を立てているが、ところでなにに腹を立てているのだ? ひょっとして自分に腹を立てていないだろうか? 相手よりこっちの方が感情に振り回されてるかもしれない。といったふうに、どんどん抽象化していく。

いうまでもないけど、抽象度の高低はすなわち視点の高低である。視点が高ければ広く見渡せるけど細かいところが見えにくい。視点が低ければ細かいところはよく見えるが、なにしろ範囲がせまい。それぞれにメリットがあり、デメリットがある。ただ、あなたがもし感情に振り回されストレスをためたくないのなら、抽象度を高く持つ癖をつけたほうがよさそうである。

 

 

抽象度を高く保つコツは、常にゴールをもつことだとぼくは思う。
ゴールに達したとき、自分はどんな気分か、世の中はどうなっているか、景色はどう見えるか・・などなど具体的なイメージを持つことが大事だ。ゴールなんて自分本位でどう決めたっていいわけだけど、普遍的にみて確かにそのゴールは素晴らしいな、と思えるほうが達成しやすい。賛同してもらえやすく、支援も受けやすいからだ。もちろん、支援なんてなくても達成できるゴールがあるなら、それに邁進すればいいのだけど。

原始時代とちがって常に命を晒されているわけじゃないから、いまとなっては必要のない感情も人はもちあわせている。でも、かといってそれに振り回されることもない。過剰な防衛本能に苛まれて傷つくのは結局のところ自分のこころである。

傷つきやすい人というのは、同時に相手を傷つけやすい人でもある。やっかいなのは傷ついたぶんだけ他人をも傷つけてかまわないと、かってに自分を正当化しちゃうことである。かつてぼくにはそういうところがあった。いつもイライラしていたような気がする。根源は波立ちやすい自分の感情であった。

思えば世の中、楽しいことだらけである。
感情もまた娯楽と思えば、支配されることもないのだ。

 

 

1 個のコメント

  • 何にもましてこうしてなおきんさんの思考みたいなものが、連続して読めるのは、ほんとにうれしいことやなーと思いながら拝読しました。まさに、バーのマスターの静かなつぶやきを聞きながら、ウイスキーオンザロックスの氷がカランと鳴る瞬間のような気持ちですねー、とか書くと、感傷的過ぎて気持ち悪いけど(笑)ほんまにいつも楽しみにさせてもらってます。ありがとうー。

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    なおきん

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。