くせ毛のような人生を、ロンドンで知った話

90年台半ばのころのぼくは、人生の中でも最低最悪の部類にはいる。お金はなく、やることなすこと、すべて裏目に出ていた。

ぼくは当時、ロンドンで暮らしていた。

地下鉄ディストリクトライン沿線のイーリングコモン駅そばにある下宿に住み、ハマースミスのオフィスでアルバイトをしながら、始めたばかりのビジネスと悪戦苦闘していた。

ちょうどインターネットという言葉が、専門誌のみならず、一般メディアにも登場するようになった1995年。あまりにも大きなショックを受け、それまで勤めていたコンピュータ会社を辞めてしまった。勢い余って起業をし、住みなれたドイツを離れ、これまた勢いでロンドンへと渡った。

なぜロンドンへ?

訊きたいのはむしろ自分のほうである。

事業パートナーがそこにいた、ということもあったが、単に10代のころ憧れていたロンドンで暮らしてみたかっただけのような気もする。だがそこにはピストルズもクラッシュも居なかった。代わりにドイツよりも少しだけ、インターネット環境がマシだったように思う。

住居兼用の小さなオフィスに、家賃の何倍もするWEBサーバーを据え付け、ブリティッシュテレコムに頼んで64kの専用線を引いた。ささやかな貯金はこれでほぼなくなり、ついでにパートタイマーを雇えるくらいの固定費がポンコツ専用線に消えていった。これをアルバイトで稼ぐ資金やパートナーからの援助でまかなうのだ。家賃を払ってしまえば、あとはたいして残らない。

そのたいして残らない小銭をポケットにつっこみ、月に2回休みをとってひとり、ロンドン市内を徘徊した。

移動は地下鉄と徒歩。下宿には駐車場がなく、車はドイツに置いたまま。食事はたいていひとりで、TESCOのサンドイッチか、安いが食べると頭痛がする中華のテイクアウトで済ませた。詳しくは省くが、ビジネスはかんばしくなかった。インターネットで物品売買など、1995年当時は詐欺師のやることだったのだ。毎日のようにメールで抗議を受け、うんざりしながら返信する。「相手の顔が見えなくたってモノは売れるし、買えるんです」と。

Windows95が暮れにようやく発売されるが、アマゾンもグーグルもまだ世になかったころである。新聞がインターネットでも読めて感動しちゃうね!みたいな時代である。ケータイ電話はあったが、それをネット端末にするなど10年早かった。

その日は休むことにし、例のごとくぼくは地下鉄をつかい、朝からロンドン中心街へ出かける。ハマースミス駅でピカデリーラインに乗り換え、レスタースクエア駅へ。きょうはささやかながら目的もあった。すっかり冷えこんできたので、トッテンハムロードコートにある古着屋で、厚手のコートを買おうとしていたのだ。

駅構内をノーザンラインに乗り換えるべく、必要もないのに急ぎ足でホームへと向かう。ふと気づけば、寂しげなアコースティックギターの音色、それがぐわんぐわんと構内にこだましている。ぼくは自然と音のするほうへ足を運んでみた。

ボウズあたまの男、小さな折りたたみ椅子に座り、目の前に祝儀入れがわりのギターケースをパックリ開けていた。スローテンポの知らない曲。のばすところでかすれる声が、秀逸だ。切なくさせる声は、うまく琴線に届きもする。ぱらぱらと5·6人の観客が彼をとりまき、立っている。聴き込むつもりだろうか、足元には座りこむ者もいた。ぼくは通行人の邪魔にならぬよう移動し、ボウズあたまの横に立つ。

金がなく、クラブ通いとはいかないぼくにとって、ストリートミュージシャンはありがたかった。入場料がわりの50ペンスコインをギターケースに投げ入れ、真横で聞くことを許してもらう。

whatever you do
whatever you say
Yeah you know it’s all right…

whatever you do
whatever you say
Yeah you know it’s all right

『Whatever』作詞:Noel Thomas Gallagher

ゆっくりしたフレーズを何度も繰り返すので、ぼくにもはっきり聞き取れる··

おまえがなにをしても
どんなことを言っても
いいんだってことおまえ、
知ってるよな…

おどろいた。

自分に言われている気がしたのだ。

会社を辞めたこと。起業したこと。ロンドンに住んでしまったこと。そのどれもを後悔し始めていた自分。日々疲れて後ろ向きになっていることを見て見ぬ振りをしていた自分。労多くして得るものなし、友もなし。厳しくもあり、寂しくもある。

その曲が終わり、ボウズおとこは別の曲を弾き始めた。ぼくはそこを離れない。終わったところで聴衆の誰かがルージング·マイ·リリジョンをリクエストした。ボウズおとこの十八番なのかもしれない。誰かが口笛を吹き、手を叩いた。ぼくも大好きな曲だ。ギター一本で鳴らされると、これがまた沁みる曲になる。

さっきの曲をやってくれないか?whatever you do… なんとかいうやつ。曲の合間に、そのようにぼくはリクエストした。ギターケースめがけ、厚めのコイン(1ポンド)を投げ入れる。ボウズあたまはニコリともせず、だがわかったとアゴで示してくれた。

 

 

 

世界はただの一瞬も、考えることを許してくれない。

次々になにかが目の前にあらわれ、去っていく。去るだけだ。奪ってはいない。そしてたまに落し物をしていく。歌を聴きながらそんなことを考えていた。古着のコートは結局買わなかった。

あとで知ったのだけれど、その曲はボウズあたまが作ったんじゃなくOASISというバンドの”WHATEVER“という曲だった。当時のインターネットは検索精度がうんざりするくらい粗悪で、簡単にそのことを教えてくれなかった。ためしに聴いたままのフレーズを下宿のおばさんにハミングしてみせると、これね。とCDを貸してくれた。

 

ぼくはたいてい、お気に入りの曲を原曲でない方法で知る。
たぶん歌詞から入るからだろう。それからメロディでなくリズムで覚える。ビジネスも同じだった。くせ毛のようなものかもしれない。

10年後の2005年、自分が香港で同じ曲を人前で演るなんて、このとき知るよしもなかった。というようなことを、さらに10年以上経ってから、ブログに書くこともあわせて。

 

 

人生はくせ毛のようなものだと、やはり思う。

切っても切っても、また同じ毛が生えてくる。

 

3 件のコメント

  • くせ毛とロンドンが絶妙な組み合わせです。
    切っても切ってもまた生えてくる、くせ毛ヤメたい人には根治ムリ。
    人生もロンドンも、くせ毛生えまくりかも。

    哀愁の地下鉄風景、時代感、抜群です(^∇^)b

  • 私も1995年あたりが人生のどん底でした。
    どうやって食べていこう。しかも異国で。
    あの頃は全てに必死でした。
    今こうしてなおきんさんのブログをゆっくり楽しんでます。
    ありがとう。

  • かすかに曲の流れてくるような さり気ない文章のせいなのか、最低最悪でもないように思えます。最低なのはわたしの『くせ毛』。今や直毛より優勢になりつつあります。毛穴の歪みのせいらしいです。
    下宿のおばさま、カッコいいですね。

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    なおきん

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。