民という漢字には目に針を刺すという意味が!?

民主主義、民族などに使われる「民」という漢字。

ぼくたちは、どちらかといえば良いイメージのある漢字だけど、意外なことに古代中国では「奴隷」を意味していた。

上部の「口」は目玉のない目を表し、下の十字で突かれている様が「民」という文字。その下部そっくりの、目をつぶすための専用針まで中国にはある。奴隷は目を潰され、主人の意のままに扱われていたという。

纏足(てんそく)や宦官など、不具にしては人間を奴隷化、あるいは道具化にするような文化が中国にはある。赤ん坊をタダ同然で買い上げ、腕や足をポキンと折って物乞いにさせる風習はいまもあるし、人さらいもなくならない。中国のあちこち(香港、台湾でも)ではそんな物乞いたちを目にすることができる。幼少のころに不具にされ、それから何十年もできることは物乞いしかない。日本人にはない発想に、初めて見たときはさすがに驚かされた。

日本兵が中国大陸で見たものは!?

日華事変のころ、日本軍は中国大陸各地の城塞都市を砲撃するときは、市民が逃げ出せるよう1週間前に攻撃時刻(日付と時刻)を、空中からビラを巻くなどして知らせていた。このあたりはいまの電車の発着時刻のように、時間も正確だった。しかも、ある一箇所だけは砲撃しないようあらかじめ調査していた。その場所には「目の見えない女性たち」がいたからだ。つまり、盲妹(まんめい)と呼ばれる目を潰された娼婦たちである。

古来より中国では、年端のいかない少女たちが売られたりさらわれたりしている。女性たちはたいてい娼婦にさせられた。すると専用針で目をつぶされた。逃げ出せないようにするためと、客のより好みができないようにするためである。いくらなんでもひどすぎる。だが中国人にとって娼婦は娼館の主人にとって人間ではなく、私有物であり、効率よくカネを稼がせる装置でしかない。まさに砲撃にさらされようとするときも、ビラを読めない彼女たちは置いてきぼりにされ、逃げようにも逃げ出せない状態にあった。日本の将兵はそんな彼女らを不憫に思い、危害をおよばないよう保護した。

娼婦として客がとれる期間はあんがい短い。病気になったり、20代なかばで彼女たちは娼館から追い出される。目の見えない彼女たちはそれからどうやって食べていけばいいのか? だれも彼女たちを守るものはいない。自営のため夜の街に立つも、代金を払わず逃げる客のカモになるのがオチである。

もちろん、日本でも売られる少女たちがいた。
庶民は一様に貧しく、中には口減らしのために男の子は奉公に、女の子は遊郭にと出されてもいた。たとえば遊郭に売られたとき彼女たちはわずか6つか7つである。ロリコン客じゃあるまいし、まさか店に出るわけにもいかない。日本の遊郭では、店に出て客につくのは17から22までとほぼ決まっていて、それまでお店は料理や舞踏、三味線、長唄・小唄、はてはお茶やお華など、彼女たちにしっかりと芸事や技術を身につけさせていた。たとえ23になって店を出ることになっても、食うに困らないよう必要な技能を身につけていた。「芸は身を助ける」とはこのことである。しかも店を出されるころの彼女たちは親の借金も返し終え、いくばくかの蓄えもあった。

民主の語源は「君主」だった?

民の語源は実はとても恐ろしいことはわかった。
ではぼくたちがふだんからありがたく思っている「民主主義」についてはどうだろうか? 中国の語源からいえば民主とは「民の主」、つまり君主のことを言う。言い換えれば「君主主義」、あまりありがたいとはいえない。

民主主義のルーツである古代ギリシャにおいても民主主義とは「民衆支配(多数派支配)」のことだったし、かつて世界の半分を占めていた社会主義国家は、ことごとく国名に「民主主義」をつけていた。かつて東ドイツの正式名が「ドイツ民主共和国」であったように。

日本では1862年当時、外来語であるDemocracy(デモクラシー)を「共和政治」と邦訳されていた。それを20世紀初頭、「万国公法」なる西欧起源の国際法の影響もあって「民主主義」とされた。主が民なのか君主なのか、解釈があいまいなまま、ダブルミーニングであったといえるかもしれない。

その民主主義が決定されたのは戦後、GHQの占領策の一環である。「国民第一主義」という表むき耳障りの良い解釈の裏で、日本を統治しやすいようにした。民主主義の名の下に!と。

民主主義はすばらしい!

と誰もが口にするいっぽうで、本来「民主主義」は支配するものがそのことをわからせないよう、民を盲目にしておくための政治体制・・

くらいに思っておいたほうが無難かもしれない。

 

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なおきん

なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。