愛情深い人ほど攻撃的なのは感情ではなく幸せホルモンのせい?

愛のある暮らし

愛と幸せホルモン、オキシトシン

いつのまにか日常会話にも登場するほどメジャーになったオキシトシン。愛情ホルモンとも幸せホルモンともいわれている。

そりゃだれだって幸せになりたいから、関心が高まるだろうと思う。いちど聞いただけでは覚えられなくとも、繰り返し聞かされたり目にすれば、いやでも言えるようになる。オキシトシン。

語源はギリシャ語。意味するところは「敏速な出産」である。もともとは陣痛を引き起こし、出産を早める物質として1906年、ヘンリーデールという人物によって発見された。

それと幸せがいったいなんの関係があるのか?
オキシトシンが分泌すると・・

  • 血圧を下げる
  • 心拍が遅くなる
  • 皮膚粘膜の血流が増える
  • 筋肉の血流が減少する
  • ストレスホルモン濃度を下げる
  • 消化・吸収が良くなる

などという効果がある。肌ツヤが良くなり、不安が軽減され、リラックスした状態になるわけだ。

じゃあどういうときにオキシトシンは分泌されるのか?だれだって幸せになりたい。出せるもんなら出しまくりたいではないか。

ゆったりと温かいお風呂にはいっているとき・・
好きな人、ペットの体を撫でているとき・・・・
誰かから愛されているとき・・・・・・・・・・

風呂を除いては、なにかしら愛されたり愛していないとオキシトシンは分泌されにくそうである。恋をするときれいになる。と俗に言うが、オキシトシンがその裏づけなのだ。撫でたり、リズミカルに触れたり触れられたりすることでオキシトシンが分泌されるなら、マッサージを受けるのも同じ効果が得られそうである。痛みや炎症がおさまり、傷の治りを速くなるのは、オキシトシンとの相乗効果である。

人は関係性の生きもの

人の間と書いて「人間」と呼ばせるのも、個体ではなく間を含めたつながりや絆があってはじめて「人間」になることを、古代から知っていたのだ。対象は人に限らない。動物や植物、まわりをとりまく環境。こうしたつながりもまた、人間であり、とりもつのがオキシトシンなのだと思う。つながりは絆ともいう。

住み慣れない場所や、知らない人たちの群れではオキシトシンは分泌されない。愛も絆も感じにくいし、開放的にもなれない。

ぼくたち人間にはソーシャルメモリーがあり、前にあった人や知っている人を識別する能力がある。「よう、ひさしぶり!」「なつかしいね、元気だった?」そんなとき、オキシトシンもまた分泌されているのである。さらにいえば、オキシトシンの分泌の多い人ほど、ソーシャルメモリーが高い。だれとでもすぐになかよくなれる人は、往々にしてオキシトシン分泌量がわりと高い人でもある。

人とのつながりを大切にする人

そういう人はオキシトシンが多く、心地よさを絆に求め、仲間と過ごすことに幸せを感じやすく、肌ツヤもよいのだ。

オキシトシンは「絆ホルモン」たるゆえん。別の言い方をすれば、オキシトシンが分泌しやすい人は、社会とのつながりをとても大切にしている、つまり向社会性の強い人である。正義感が強く、公平公正であることを重んじるタイプだ。

いいことじゃないか。とあなたは思うかもしれない。ぼくもそう思う。向社会性の低い人というのはサイコパスになりやすいという点でも、オキシトシンがもたらすこうした属性は、暮らしやすい社会が生まれやすいことにつながる。

愛が憎しみに変わるとき

ものごとには表と裏がある。

愛情があり社会にも公平であろうとする心理は、そうでないとされるものにとても不寛容だ。オキシトシンが分泌され愛情が深まり、信頼が形成され、快楽ホルモンが満たされれれば、おのずと自分にとって居心地の良い環境ができあがる。これが仇となるのだ。

自分の味方への愛情が深まれば、同じだけ敵に対して憎悪が強くなる。愛は正義であり、これを乱す他者が許せないのだ。だれが味方で敵なのか、ふだん意識することはない。ただ、いったん不正を見つけるとそれを正そう行動を取る。おそらくオキシトシンの中に含まれるストレスを感じさせるものを排他したがる性質によるものだろうと思う。

親が子に、妻が夫に愛情を持つ。恋人が、または上司と部下が、昔からの親友が、いつも愛情を注いでいる対象がいったん「そうではないのでは?」と疑い出すと、みるみるうちに憎悪に変容するのは、自分の居心地の良かった世界を壊されたという恨みである。オキシトシンによるストレス緩和の効果は、ともすればストレス排他へとはたらくというわけだ。

自分は正しい、正しくあるべきだという肯定感。それは「ずるいことをしている」「自分よりいい思いをしている」ものに対して攻撃的になる。制裁なのだから、少々手荒なことをしてもかまわない。そんな心理状態による行動を「サンクション」という。

ときどき店員や担当者などに、クレームを付け、説教している年配の方を見かけるが、これも「サンクション」である。とくに男性ホルモンであるテストステロン分泌の高い人は、この傾向が強いそうだ。なにかに腹を立て、他人を攻撃しても得るものはない。ネットで他人を叩く行為をみかけるが、ほとんどが「サンクション」によるものと思う。なぜそんなことをするかといえば、ドーパミンが分泌され脳内では快楽物質に満たされているからである。快楽と引き換えに、ひとはしなくても良いことを、してしまうものだ。

このドーパミンはオキシトシンの影響で分泌される。愛情深い、絆は大事、仲間を守る、といった人間性の高い人ほど「サンクション」もまた強いのだ。いわゆる「情の厚い人間味のある人」と呼ばれる人が、とつぜん相手をひどく傷つけたりする行動をとるのは、こうしたホルモンの影響によるものとみていい。

こうしてみると、なかなか愛というのはめんどくさい。生きていく上でなくてはならない感情がゆえに、やっかいである。

オキシトシンは愛情と幸せホルモン。かといって万能ではない。強ければ強いほどよいというわけでもなさそうである。

愛情とは相手を思いやること。思いやりはあるにこしたことはないが、それが本当に相手にとって思いやっているかどうか、客観的に考える姿勢もまた試されているのである。

 




2 件のコメント

  • お久し振りです、なおきんさん!
    お元気でした?
    そう、愛って厄介。
    だからといって愛抜きの人生もまた空し。
    オキシトシンのストレス緩和とストレス排他。可愛さ余って憎さ百倍、てやつだ!
    人間て、大変ですね。

  • なおきんさん、ご無沙汰してます!

    「幸せホルモン」、人付き合いというものでいつもうまくいかない私としては、かぶりついて読みました(笑)
    「自分が心地よい世界を壊されること」が他人を恨むことへつながるというのは、なるほど、と思いました。
    いつもながら、鋭い分析ですね。

    愛で幸せになり、愛で傷つき・・・ほんと、人間ってめんどくさいですけど、
    最後はやっぱり幸せな愛で満たされたいものですね。

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    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。