ドイツのフクシマ報道

先月、運転免許証の件で広尾にあるドイツ大使館に立ち寄ってみると、これが閉まっている。どうやら放射能汚染を恐れて大阪へ避難したらしい*1

ドイツは伝統的に原発事故に敏感である。
1986年のチェルノブイリ原発事故当時、東欧・旧ソ連旅行から帰ってきたぼくを同僚たちは心配して病院に連れていった。

それにしてもこの度の外国人の狼狽出国には驚かされた。
ドイツ人の犬好きは定評があるが、愛犬を東京に置き去りにして帰国する様には失望した。昼間ちびきちを預けている託犬所にも、そんな犬たちが詰められたクレートが山をなしていた。東京に赴任していたドイツ人義弟も会社命令で家族ともども帰国してしまった。それでも日本人との間に生まれた子供を置き去りにして帰国した中国人よりはマシかもしれない。行き過ぎた命乞いは家族をも捨てる。しかも間違ってるし。東京は、今も当時も北京や広州より放射線量が少ない。公害もだ。

ドイツ人たちの狼狽ぶりは、本国の報道にも原因がある。
震災直後からこっち各国メディアをウオッチしていたが、フクシマ以降、ドイツ報道の悲観ぶりは他を圧倒していた。「福島で核爆発があり日本列島がメルトダウンする」的などう考えてもありえない記事が見られ、信号待ちをしているマスク姿の人をアップに「死の恐怖につつまれる東京」という見出しを載せた大新聞もある。そりゃ花粉症対策用マスクだろ!とツッコむところだが、長年日本に住むドイツ人特派員なら知っての上だ。そのうえ計画停電のため駅で行列を作る通勤客の映像に「困難な東京からの避難」のキャプションまでつけられては、もう悪意としか思えない。事情を知らない本国ドイツ人たちは大騒ぎする。ぼくにも多くの心配のメールが送られ、電話がかかってきた。「オレたちはドイツにいて大丈夫か?」などと過剰反応するので「ぼくが東京で死んでから言え」とたしなめるほどだ。

まだある。「フクシマチェルノブイリを思い出させる」と書き、「日本政府は事実を隠蔽し、被害の過小評価をしている」と繰り返す。どこかで聞いたことのあるおなじみのセリフだ。「東京に住む人々が逃げ出さないのは英語がわからないからだ」などとも言い、わざわざ避難シミュレーションまでする始末。東西日本を結ぶ線路が少ないから大混乱すると。大混乱しているのはむしろあなたたちだが、要するに日本の報道は外国よりも正しくないと言いたいらしい。核の恐怖を知らぬは日本人ばかりだと。忠告はありがたいが、日本人こそは核の恐怖を身を持って知っている唯一の民族である。
そんなドイツ人特派員は怯えて現地で取材などせず、遠く離れて大阪や京都から記事を本国に送ってばかり。言いたくないが、図体のわりにノミの心臓だ。不甲斐ない。震災直後から被災地で救援活動をしてくれていた5人のドイツの民間団体は3月14日、被曝を恐れて急遽帰国した。時差と距離を思えば、ほとんど活動する余裕もなかったんじゃないかと思う。ブリッツクリーク(電撃作戦)をそう使うかドイツ人。


▲ ドイツの主要新聞、雑誌、テレビが福島原発事故を報じた(写真はデア・シュピーゲル誌)

概して日本人はドイツ人を買いかぶる傾向にあるが、いつも正しいとは言いがたい。おまけにドイツでは朝日新聞のようなサヨク系マスコミが多い。これはナチスドイツの反動でもある。日本同様アメリカなどGHQの占領政策の影響もある。「ドイツは謝ってるのに日本は謝らない」というすり込みもこのあたりに因を発する。ドイツ在住中「歴史問題」について調べていて、曲解の多さにいちいち呆れさせられた。

ドイツ人の原発コンプレックスは深い。
独善的な性格に加え、政争がからむからだ。
ドイツ南部のバーデン・ビュルテンベルグ州は人口1000万人。ポルシェやベンツ、SAP、ボッシュの拠点もそこにある。ドイツの州の中でもっとも失業率が低く生活水準が高い。中流層も多い。同州でおこなわれた州議会選挙は3月27日。震災から2週間以上経ったあとだ。選挙では「反原発」を掲げる環境政党『緑の党』が大躍進。前の選挙に比べ2倍の票数を集めSPDと連合で、与党であるCDU(メルケル首相率いるキリスト教民主同盟)を破った。政権交代を果たした党首はヴィンフリート・クレッチュマン。これまで議事の妨害ばかりしてきた社民党のような政党だが、この万年野党が政権をとれたのはもちろんフクシマの影響だ。

火事場泥棒というのはこの党のことを言うのかもしれない。『緑の党』は世界各国にあり日本にもあるが、地球規模で放射能の過剰報道を支持するだけでなく、さかんに喧伝している。ヤツコに加え緑の党、伏兵は多い。80年初頭、同党は「ヒゲを伸ばした夢想家の集まり」などと揶揄され、まるでヒッピーのようだったのだ。推進力はエコロジー。それが時流に乗った。うさん臭さはシー・シェパードにも通じる。知らずこれに威を借りた風評が日本を何シーベルトも汚染したかもしれない。ドイツではフクシマ放射能被害をお天気サイトで報じている。すぐに避難できるように。

緑の党は、もともと増税や統制的な経済運営に関心がある。
サヨク政党にありがちな経済成長そのものを否定する向きもある。奪うまでは激しく自由を訴えるが、奪ったあとは保身に走りがちだ。まあこれについてはどの党もそうかも知れないけれど。人ごとながらドイツ経済が心配である。いや人ごとじゃないが。

行き過ぎた被害者妄想は、ときに加害者へと変容させる。
被害者暴走というやつだ。それを垣間みる思いがする。
風評被害国が風評加害を起こし、再び風評によって被害を受けるのだ。

情報操作の因果はかくも虚しい。

*1:ドイツ大使館の大阪疎開は3月14日から4月29日まで

6 件のコメント

  • >サヨク政党にありがちな経済成長そのものを否定する向きもある。奪うまでは激しく自由を訴えるが、奪ったあとは保身に走りがちだ。

    ひだりがわの方々が頭になると、不思議と職員数が増え、財政は最悪になっていくようです。
    美濃部都政や横溝道政で顕著だったように。

    マスクのくだりでは吹きました(^^ゞ

  • なおきんさん、ゴメン、私も吹いた(笑)。

    パニクリ症状はすでに各国の(大まかな)国民性にみあったような収束期を迎えた欧州ですが(笑)、ドイツの反応も含めて私も納得できるな。ヒステリーになってないだけマシ(笑)。それで私が思うのは、日本政府の対応が海外メディアに相当影響を与えた、ということ。チェルノブイリ事故と比較されるのはあんまりでしょうが、ならばなぜ「広島」「長崎」以降の追跡調査で得た結果で、放射能汚染の影響の事実を正しく伝える努力をしなかったのでしょう。誤解をおそれず書くと、日本こそが「それ」を知っているのではないかと。先日参与を辞任された方のプロフィールには、そういう項目もあったような…。あの先生は、国民を不安にさせるために辞めたのではなく、助言が政府に「正しく伝わらない」ことに抗議されたと理解しています。専門家として影響を十分分かった上で国際社会にも通じる言葉(=数値と対策)で事態を乗り切ろうと努力されていたのだと思います。でも、この場合も、日本のネットのニュースを読む限り、菅首相も枝野さんもこの先生の言ってる事を理解してないという印象を持ちました(この二人の言ってることのほうが、かなりヘンだと思いますが…)。政治家の知ったかぶりは役に立たないどころか、真反対の方向に影響力を持つものです。

  • なおきんさん、「原発導入のシナリオ」という1994年にNHKが制作した番組をYouTubeで見つけました。戦後から、54基とまで数えられる原発が、なぜ唯一の被爆国日本に建設されたのか、大きな疑問でしたが解決しました。全体でとても長く、まだ観終わってはいないのですが、背筋が少しゾッとしたかな…。共産化の防止になると聞けば、当時の政府関係者はすぐれたアイデアだと思ったでしょうね。余談ですが、番組中に収められた動画(1954年広島での映像)の中で出てきた「アメリカは人道主義」という言葉(もちろん反対の意味で)は、こんな昔から使われていたのですね(!)

    原発の歴史を知る貴重なフイルムだと思います。

  • みさとさん、連続一番ゲットおめでとさまです!
    サヨクな人々には困ったものですね。でも、90年代初頭まではぼくも含めて、国民の大多数がごく自然にサヨクだったと思います。洗脳が解けたのはネットで情報がフラットになったことと、時間経過による自浄作用。メッキはやっぱり剥がれちゃうんですね。反原発運動は左翼運動のひとつでしたが、今回の事故で息を吹き返しましたね。いまはとっても元気に風評被害をまき散らしているようです。
    ——————————-
    ぱりぱりさん、「原発導入のシナリオ」ぜひぼくも見てみたいと思います。東西イデオロギー対立を原発導入の触媒にしていたなんて、なかなか興味深いですね。原爆による被曝で隠し事があるんじゃないかという説は、昔からずいぶんありました。でもぼくはそこはシロだと思います。各国の核実験での被曝資料や、チェルノブイリ原発事故の資料も裏付けのある専門性が高い資料ほど被害が少なく記され、ジャーナリズムよりの資料ほど被害が大きく記されているのを比べるにしたがい、「事実がどうだったか?」というより「どう世論を作りたかったか?」の偏っていると思ったからです。この度の原発事故の各国の動きにしても、35国もの大使館が東京から逃げ出したあともロシア大使館は東京にでんと構えて「フクシマはたいしたことはない」と声明を発表していました。痛い経験に裏付けられる資料を保持するロシアだけに、頼もしかったものです。日本政府が5日間かけた第一号機の冷却方法を、「我々ロシアなら5分で見つけられる」と豪語していました。日本政府と安全委員会の機能不全ぶりを目の当たりにすれば、米露両国の非常時における芯の強さのようなものがとてもうらやましいですね。

  • しょうこさん、はじめまして。
    といってもおそいですね。2年近くたってお返事してみました。ごめんなさい。

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    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。