どうしてインターネットによる情報革命のことを「グーテンベルグの活版印刷による情報革命以来の衝撃」などというのか?

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インターネットはグーテンベルグを超えた?

よく、インターネットによる情報革命のことを、「グーテンベルグの活版印刷による情報革命以来の衝撃」などという。中にはグーテンベルグの発明に比べれば、インターネットなんて大したことないという言う人までいる。ピーター・ドラッガーその人である。

現段階での情報革命は、15世紀の印刷革命に比べれば衝撃度はまだ小さい。グーテンベルクが発明した印刷技術によるコストの削減は今の比ではない  〜 ピーター・ドラッガー 〜

インターネットでもたらされた、さまざまな変化については広く知られるところ。とくに昭和を知るぼくたちのようなおじさんにとっては「あのとき夢見た未来はこのことだったのか!」と思うこともしばしばである。そのインターネットをしてもかなわない「グーテンベルグの活版印刷が与えた衝撃」とは果たしてどんなものだったのか、ひどく気になるところである。

グーテンベルグの功績は人を賢くさせたこと

ヨハネス・グーテンベルグは神聖ローマ帝国時代の金属加工職人。ときに15世紀、ルネッサンス華やかしヨーロッパ、日本は信長の時代。たしかに紙もインクも書物も存在したが、おおよそ手書きの書き写しであり、木の板に文字を彫った木版印刷だった。「ひとつひとつ手書きで」というのは、味わいはあっても量産に向かない。当然書物の及ぶ範囲は限定的で、ごく一部の人たちのものであった。一般の人たちは言葉は使えても、文字を読むという習慣はない。まして知識や思想、科学技術の普及は限定的で、ミクロン単位で占められた特別な人のみ許された。グーテンベルグの活版印刷技術はこうしたコンテンツを大量にコピーさせ、安価で素早く世界のすみずみにまで提供できる基礎を作った。それだけのことだが、それだけのことはあった。

これによって印刷された書物にはマルティン・ルターの『95ヶ条の論題』がある。宗教革命といわれるプロテスタントの普及が一気に広まったのは、印刷物のおかげだ。現代につながる資本主義は、貯蓄と勤勉を尊ぶプロテスタントの思想がなければ起こりえなかった。原始宗教に縛られたままでは、科学はタブーであり、手がつけられなかったのだ。人間が本来持っていた好奇心と知的探究心は、だれもが手にし、閲覧できるようになってこそ開花する。15世紀に起こったルネッサンスはその典型だ。これらをきっかけにさまざまな発明が実現し、広まり、改善され、さらに広まった。こうしたステップを経なければ産業革命だってあったかどうかすらあやしい。

「産業革命なかりせば」を連鎖して考えてみれば、インターネットを含む、いまあたりまえにあるあらゆるものがない状態でいるだろう。中世のまま時は止まり、または遅々として、未だに迷信と差別と身分制度にしばられているぼくたち。自由に仕事も住む場所も結婚相手も選べない奴隷のような暮らしが大半だ。賢さは他人からの支配を遠ざけ、自立をもたらす。自由の恩恵を得られるのも、自立あればこそである。賢さは書物、つまり活版印刷によってもたらされた。

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書物というのはあらためてすごい。
自分がわざわざ経験しなくても、その場所にいなくても、本人と会い話さなくたって、読めばそれなりの知識を得ることができる。読むことで景色が目の前に広がれば、それは自分の目の代わりになり、危険に身を投じて亡くなられた人の実話を読めば、自分の代わりに命を落としてくれたと身を焼かれる思いがする。一日わずか24時間、時間や場所がそのままであっても、何万人分の経験を居ながらにして知り、何万時間もの経験を一瞬のような時間で知ることができる。人類がそのようにして時空を超えられるようになったのは、なにも20世紀末のインターネットを待たなくてもよく、15世紀の活版印刷以来、ほとんど実現されていたということである。人類は活版印刷のおかげで、それまでとは段違いに賢く、豊かになることができた。

グーテンベルグの次の情報革命は?

グーテンベルグの発明による衝撃は大きい。
その衝撃は深く長く人類のDNAに刻まれることになり、だからか、これだけムダだとわかっていても紙の印刷物を絶やせないでいるのかもしれない。こうなるとグーテンベルグの活版印刷に匹敵する「次の情報革命」が気になってくる。とてもぼくの想像はこれにおよばないが、グーテンベルグの時代から500年、それに比べインターネットはまだ始まったばかり。たかだか20年程度である。おそらく2035年にはインターネットという言葉は陳腐化し、スマホだってないだろうが、インターネットの技術はまだまだ成長し続け、この概念がある時点を過ぎてようやく活版印刷規模の情報革命を超えるだろうという気がする。

コンテンツの主役はまちがいなくAIだろう。読み書き話すAIの時代。多くの生活シーンで介在してくるはずだ。生身の人間よりよっぽどこっちのほうが心地いい!てなことにならなければいいのだけど。ルネッサンスとは逆に回転しかねない。

4 件のコメント

  • 本を読むのって、頭で体験することですもんね。
    活字で残すことが時空を超えることになる…!
    本当にそうですね!
    その考え方に衝撃を受けました。
    イラ写ってやっぱり素敵です。

    • はてなさん、こんにちは!
      思えば、あたりまえのことを普通に書いているにすぎないのですが、衝撃を受けたり、素敵だと思っていただき、こそばゆいです。でもありがとうございます。これからもがんばります!

  • 逆方向ルネッサンス、あまりにピッタリで、笑うに笑えないです(笑)
    AIが、お友達になるのももうスグかな、って気がしてる一人です(^O^)
    初期のころとは比べものにならないくらい「お話し上手」になったSiriを介して、たいがいの事は処理できてしまう日常の読み書き検索。次は、声も要らない、思いや意志をも察してくれる機能が付いてくるんじゃないかって、こわーい期待を持ってます(笑)さらに、これに容姿と性格が加われば、私のコンタクトリストには間違いなくAIさんの名前が入ります(爆)

    • ぱりぱりさん、こんにちは!
      たまたま買い物をしていたら、そこにいたSoftbankのペッパーとふつうにしゃべってる自分が怖かったです。うっかり悩みを打ち明けそうになりましたからね。そのうちほんとうに悩みとか聞いてもらっていそうです。というか添い寝してくれるロボットを欲しがってしまうかもしんないです。未来って明るいのか怖いのか、どきどきしますね。ぱりぱりさんにもその気配を感じるので、お互い気をつけましょうね。

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    なおきん

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。