キューバは確実に変わる 変わる前のキューバを見たければ急いだほうがいい

ハバナで呼びこみをさせられる

キューバは2種類の通貨がある。

キューバ国民が普段使う人民ペソ(CUP)と、主に外国人が使う兌換ペソ(CUC)がそうだ。ぼくたち外国人がキューバを訪れ両替すれば、CUCを受け取ることになる。1CUCはそのまま1USドル。ぼくが訪れたとき1US$は102円だったから、1CUCは102円と両替された。また1CUCは25CUPと同価値である。

  • 1CUC = 1US$ = 約102円
  • 1CUC = 25CUP = 約102円

外国人は基本的にCUCを使わなくちゃならない。だから外国人が支払う場所、ホテル、レストラン、タクシーなどは、ほぼCUCベースである。また立ち食いピザ屋やアイスクリームなど、地元の人も利用する場所では外国人もCUPが使える。ややこしいといえばややこしい。80年代くらいまでは中国もそうだった。ドイツが東西に分かれていたころも、西ドイツマルクと東ドイツマルクがあった。公式レートでは 1:1であるが、闇レートでは東ドイツマルクは西ドイツマルクの50分の1の価値しかなかったのだ。

酒場ではキューバ人と外国人の飲み物代が違う。外国人用のビール代は1.5CUCであることが多い。

酒場ではキューバ人と外国人の飲み物代が違う。外国人用のビール代は1.5CUCであることが多い。

 

なんでこんなシステムになっているのか?
キューバは社会主義国である。国民の医療と教育はタダにし、食料や公共料金は低価格で提供する代わりに、国民の賃金を低く抑えてきたからだ。勤務先はすべて国営企業であり、国民はすべて公務員。賃金はどの職業においても一律で、平均20〜30US$程度と決められている。それで暮らしていけるよう、物価を低く設定してあるというわけだ。

未明から働く清掃員、ハードだが月給は20米ドル程度。

未明から働く清掃員、ハードだが月給は20米ドル程度。

だが相手が外国人となれば話が違う。
低く抑えられた物価は国民のためであって、他国で報酬を得ている外国人のためではない。例えば日本人。日本で働いていれば20US$(2000円)はヘタすれば時給である。手取り月収30万円得ている人なら、キューバ人の実に100倍の賃金である。そんな外国人観光客に、キューバ人向けの恩恵をそのまま享受してもらうわけにはいかない。分相応に払ってもらおうじゃないか、ということになる。それで外国人には外国人プライスが用意された。それがCUCである。つまり我がキューバ国民の25倍の価格でモノを買い、落としていってもらおうというわけだ。

飲み捨てられていたラム酒の空き瓶。サトウキビを原料とするラム酒は国民酒でもあります。

飲み捨てられていたラム酒の空き瓶。サトウキビを原料とするラム酒は国民酒でもあります。

これにはぼくも納得がいく。

平均キューバ人の100倍の賃金を得ている人が、キューバ人の25倍の料金でモノを買う。それでも1/4である。文句はないだろう、というわけなのだから。

しかし現実は厳しい。キューバ人にしたって、いくら大学院までタダで通え、医療費がタダでも、月給20〜30ドルじゃあやっていけない。国内で生産できないものは当然外国から仕入れるが、相手がキューバだからといって25分の一でモノを輸出してくれるわけではないのだ。そもそもモノには国際相場がある。ましてキューバは、アメリカなどを中心に経済封鎖中でもあった。頼みのソ連は91年に崩壊した。以来、配給は途絶え、石油などのエネルギー料金は特別価格でなくなった。あいかわらずアメリカの経済封鎖で、モノは入ってこない。供給不足ならよけい物価が上がる。もう、ふんだり蹴ったりである。

朝夕は、魚を釣る人がズラッと海岸防波堤に並びます。趣味の魚釣りというより、明らかに家族の食卓に並べる貴重な魚を釣るために

朝夕は、魚を釣る人がズラッと海岸防波堤に並びます。趣味の魚釣りというより、明らかに家族の食卓に並べる貴重な魚を釣るために

 

国民からも不満が出た。やっていけないと。
それで専門職の給料を上げた。医師などは87US$に定められた。だがそれでも月給1万円である。キューバ人ほどの高度な医療技術を持っていながら、こんな月収である。日本ならマクドナルドの学生アルバイトですら2日で稼ぐ。さらに「国を出たけりゃ、出るがよい」と、カストロは国民に海外亡命を許した。これが北朝鮮などと違うところである。だが、こうして亡命していったキューバ人にはつらい運命が待っていた。稼げる賃金は多くても生活費がバカ高い。しかもちょっとケガをし医師に診てもらえば、信じられないくらい高額である。外国にでたからといって、やっていけるはずがないのである。母国のありがたみを再認識せざるを得ない。

困難な時期を乗り越えてきたキューバ人は、実にがまん強いと思う。それでも国内でクーデターや政変が起こらなかったのは奇跡である。高い教育と社会的平等、それから革命の志士たちを敬っていた証でもある。キューバ人たちはカストロのことをファーストネームの「フィデル」と呼ぶ。彼ほどキューバのことを思っている奴はいないと。高い教育と能力もあるキューバ人。新しい車も国内に入ってこないから、仕方なくすでにあった革命前までのアメリカ車を修理し、修理し、修理しながら使い続けてきた。要らないものはない。捨てるものは生ごみだけで、あとは全部直したり再利用してきたのだ。

キューバは果物が美味しい。しかもオーガニック。とくにマンゴーとパイナップルは豊富で、生ジュースもこの二種類がポピュラーです

キューバは果物が美味しい。しかもオーガニック。とくにマンゴーとパイナップルは豊富で、生ジュースもこの二種類がポピュラーです

貧しいときほど、困難が多いときほど、人は考え、助けあい、工夫をこらして生きていく。ということを、ぼくはキューバ人を見ながら思う。本来、日本人が実践してきた「モッタイナイ」をキューバ人はあたりまえのようにこなしている。それでいてあの陽気さ、たくましさ、オシャレセンス。何だこのキューバ人てヤツらは!と思う。

だが同時に人間は弱い生き物である。社会動物である。みんなが同じように貧しいのなら耐えることが出来る。けれども同じ貧しかったアイツが金回りが良くなって、贅沢をするようになると、信念が揺らぐ。我慢の限界沸点が下がってくる。悲しいことだが、そういうものである。向上心というやつはいつも裏腹だ。

格差はあたりまえのように存在する。自分たちよりも若く、たいした能力もなさそうな外個人観光客がヘラヘラ目の前を歩くのを見れば、「なんで自分たちだけ貧しいままなんだ?」と自問するにちがいない。彼らの落とす何気ない1ドルが、自分たちには大金である。逆に見れば1ドルという大金を、こんなに簡単に落とすのが観光客というやつである。こうして観光客相手のビジネス、タクシーや外国人向け宿(カーサ・プラクティカル)、レストラン、おみやげ屋、自称ガイド、ポン引き、葉巻売りなどは儲かるということになった。タクシーの運転手の収入は200〜300USドルになった。平均の10倍である。それで、医師をやめてタクシー運転手になったひとも多い。カーサの主人は裕福になっていく・・・ キューバ人の団結は、あるいはプライドは、我慢強さは揺らぎ始めていった。だが、しかたのないことである。

食堂の奥は家族団らんのダイニングテーブル。そこでテレビを見ていた女の子たちの似顔絵を描いたらウケました。

食堂の奥は家族団らんのダイニングテーブル。そこでテレビを見ていた女の子たちの似顔絵を描いたらウケました。

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2014年12月、アメリカはついにキューバとの国交断絶を解除した。アメリカ政府としては未開発のキューバをふたたび自分たちの市場に取り込みたいし、キューバ政府としても貧しい国民をなんとかしたい。たとえホセ・マルティが「アメリカに支配されることを許すな」という教訓を残していたとしても。

ある日、ハバナの街を歩いていると、夕涼みをしていたラウルという男に声をかけられる。例によって「中国人か?」と訊かれる。日本人だ、と答えれば、日本語であいさつを返し「オヤジが大阪でバンドマンをやっているんだ」と近づき、「葉巻に火を付けたいんだがライターあるか?」と顔色をうかがう。ぼくはそれが、例によってポン引きの手口だということを知っている。「なあ、近くにヴエナビスタソーシャルクラブの追悼フェスティバルがあるんだ、知ってるか?連れてってあげるよ」と言われても驚かない。むしろぼくはこの機を捉え、ラウルに聞き返す。「ねえ、変わらなかったキューバはこれからは変わったほうがいいのか?」

ラウルではないが、夕涼みをしていた男性。カメラを持ち歩いていると、写真をとってくれとよく言われます

ラウルではないが、夕涼みをしていた男性。カメラを持ち歩いていると、写真をとってくれとよく言われます

ラウルは少し考えてから「アメリカからの資金は必要だ キューバは開かれたほうがいい」と言う。
それに対して「それがひどい格差を生むことになってもいいのか?」と聞きたかったが、ことばを飲みこんだ。キューバにはもっと豊かになる権利がある。ぼくがここへ旅ができるよう、キューバ人だって好きな国へ旅行するべきである。そのためには一層の格差を生むと知りつつも、外資を受け入れることを止めさせる権利などない。

それでキューバのなにが失われるか?
あるいは失われないか?

金持ち(資産家)になる順番はいつの時代もどの国もだいたい同じである。
まず不動産を持っている者、次に事業を持っている者、そして 環境に応じて変われる者である。

オールドカー

ハバナの街を歩いていてノスタルジックになるのは、なにも古い車が走っているからだけじゃない。ケータイで話したり、スマホをいじっている人の姿を見ないからである。それは前世紀末の世界ではあたりまえの光景だったのだ。そのぶんひとは、顔を上げて前を向き、横の他人と話し、態度と言動で意志を伝え合っていた。子どもたちが上半身裸で駆けまわり、大人たちが談笑をしながらそれを眺めている。どこかで誰かの演奏する音楽が聞こえ、それに合わせて身体をゆすり、女の子を口説く男の子がいる。人はいま見ている対象に頭を使う。思考をめぐらせる。

誰かの儲けは誰かの損である。それを無理して均一化していたのが社会主義なら、それを競争と心得、さらに煽るのが資本主義である。豊かさというのはそこから生まれると信じてきた。ほんとうに豊かになったかといえば自信はない。だけどキューバ人に、お前たちだけはそこに留まっておけとはとても言えないのだ。

世界は格差が広がるといいながらも、実は縮まってもいる。いまでこそ日本人はキューバ人の100倍も賃金をもらっているが、こんな不自然なことは次第になくなる。キューバ人の収入は上がり、日本人の収入は下がる。賃金格差はお互い世界平均へと近づいていくのだ。それが世界各国共通の未来だと思う。

ストリートチルドレン

生まれた国でその国の通貨だけでこれからも暮らせるのなら、それでいいかもしれない。個人的にはそれはとても難しいという気がする。キューバが貧しい国民のために国を開くのなら、そこに外国の資本が注入されるのなら、それと逆のことが地球の反対側で起こるのだ。それが狭くなった地球の運命である。台頭するシェアエコノミーの、別の姿であると思う。

だからキューバでポン引きに引っかかろうとも、外国人プライスで同じものを高く売りつけられようとも、それを甘受するのが旅人というものである。生まれる時代と場所を選べなかった者同士の、ひとの定めである。

キューバでは、何度か辟易させられることもあった。街を歩けば「タクシー?」と呼び止められ、断れば3歩先で同じことを訊かれる。笑顔で、通りすがりの子どもに「オラ!」とあいさつをすれば、1ペソ恵んでくれと言われる。同じことを大人にすれば「シガーを買わないか?」とどこかに連れて行かれそうになる。

それでもこうしたキューバ人が一生涯働いてもできない海外旅行を、平均月収1ヶ月分か半ヶ月分で実現できる先進国とやらから来た者との格差の埋め合わせを、あるいはツケを払わされることくらい何だというのだろう?

キューバにある2つの通貨は、やがて人民ペソひとつに収斂されていくに違いない。だがそのときキューバはいまよりずっと国内格差が広がり、他の国の多くがそうであるように犯罪も増えるに違いない。これ以上見たくないスタバはハバナの街角でも見ることになるだろうし、「そこで無料Wifi」という、今では考えられないことも実現していることだろう。

キューバ滞在中、実に多くのアメリカ人を見た。またはアメリカ人が発する英語を耳にした。カルフォルニアからきたという女性と一緒に記念撮影もした。キューバは確実に変わる。世界は平均化することを前提とすれば、キューバは今ほどエキゾチックでなくなる。

サルサバンド
バーで知り合ったサルサバンドのリーダーと。その後街で偶然見かけ、まるで旧友のように話しかけてくれる人懐っこさ。キューバ人たちは実にオープンで、親しみがあります

バーで知り合ったサルサバンドのリーダーと。その後街で偶然見かけ、まるで旧友のように話しかけてくれる人懐っこさ。キューバ人たちは実にオープンで、親しみがあります

 

それが嫌なら、1年でも早く訪れるべきだとぼくは思う。
同じ焦りを世界中の旅行者も感じているはずだから。
焦るのは先行者利益を狙う世界の実業家も同じである。

キューバは変わる
それも意外と早く。

 

 

 

5 件のコメント

  • とても 読み応えがありました。
    一人 うんうんと頷きながら。
    時代は いつも その時には とどまらないですね。

  • 相変わらず読み応えたっぷりでした。昔いたアジア、中国や香港、インドネシア、フィリピンなどを
    思い出しました。香港もすっかり変わって、中国化して、物価も高くて、どうなっていくんだろうと
    最近よく考えます。このまま、ここにいていいのかなあと。キューバは、未知の国ですが、行ってみたくなりました。また、イラ写国際線 引き続き楽しみにしています。きをつけて楽しんでくださいね

  • 私は3年前にキューバに行きました。なおきんさんがおっしゃる通り、体制が全く違う国には発見がたくさんありました。1日1人2万円ものガイドをお願いしたのに迎え時間に1時間も遅刻してきたり(手配していた車が用意できなかったと言われた)、お店に行っても、パンでもチョコでもなんでも1種類のブランドしか売ってない。なるほど全て国営だからなんだと気付き、広い売り場に同じ商品ばかりしか並んでないのを見ると、小さいのにあらゆるものを販売している日本のコンビニの素晴らしさを痛感しました。そして、どこに行っても有名なホテルでもみんな一生懸命働いてない。挨拶くらいはするけど、すぐに同僚とおしゃべりしてた。そんな社会主義の数々を感じました。アメリカ人はもちろん誰もいなかったです。アメリカとの国交樹立できっとすごいスピードで国は変化していくはずですね〜。そして格差も生まれます。どちらが良いのかは、彼らではないからなんとも言えませんが、10年後か20年後に大きく変わったキューバをぜひ見に行きたいです。

  • 生で、肌で感じる現実の言葉は、心への響き方が全然違いますね!
    その目で見たもの・事柄について、持ってる知識をフル動員して、冷静に分析し、更にわかりやすく情熱的に伝えていただいて、いろいろなことが学べます。
    ゲバラと同じ誕生日で、ゲバラを心から崇拝していた英会話講師の影響で、ゲバラに興味を持ち、キューバにも行きたい、と思っていましたが、そんなに急激な変化の前兆にあるなんて!
    フェデル・カストロが退いてからは特に、ものすごいスピードで、変化が起こっているのかもしれませんね。
    ”古き良き”を残しているキューバに、早く行かなくては!!

    • まさよさん、こんにちは!
      キューバは変わらないことがひとつの価値でした。マルクスやエンゲルズではなく、カストロやゲバラ、ホセ・マルティというキューバオリジナルの指導者であり、圧政から民衆を救ったという救世主のようなリスペクトが、この国を支える精神的支柱になっていたのだと思います。でも民衆が貧しいことをラウルは気にしていて、今回のアメリカからも経済封鎖を解く方にかじを切りました。アメリカに心を許すことなく。これはどこか戦後の日本に通じるものがあり、関心があります。変わるキューバを見届けたいですね。

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    なおきん

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。