ジョグジャカルタで出会ったのは日本にも留学したことのある男、10分後ぼくは彼の運転するバイクの後部にいた

f:id:naokin_tokyo:20090722125542j:image

ブディさんが声をかけてきたのは、マリオボロ通りで路上でチェスをやっている男たちにぼくがカメラを向けようとしたそのときだった。
「もっと近くからどうぞ」
やや小太りのがっしりとした体躯。 どこか懐かしい顔に思えたが、もちろん知らない男だ。 愛嬌よく笑い「こっちだといい写真が撮れますよ」という。 このときになってようやくぼくは、その男が日本語でしゃべっていることに気がついた。

どちらかといえば貧しい国で、現地の人が愛嬌よく日本語で話しかけてくるケースは、これまで何千回となく経験してきた。 たいていは良くないことのほうが多い。 何かを売りつけようとするか、だまして金を巻き上げようとするか、あるいはその両方だ。

不思議とその男にはそのような警戒心がわかなかった。 ぼくは彼の巧みな日本語のわけを訊く。 その男が言うには、10年前に研修のため東京へ2年ほど、すんだことがあるのだという。 在日中は「ブリ」と呼ばれていたのだそうだ。
まだ早朝だというのに南国特有の暴力的な日差しを避けるようにしながら、ぼくたちはしばらく立ち話をする。 木漏れ日が人や建物を鮮やかに照らし、屋台からは朝食のいいにおいが漂う。 勤め人ならばそろそろ仕事につく時間である。
ぼくは半分冗談で「ブディさんは失業中?」と訊いてみる。 ブディさんはハハハと笑い「ホテルなどから頼まれて通訳や旅行ガイドの仕事、やっています」と答えるのだった。

「ちょうどよかった」とぼくは膝をうつ。 寺院めぐりのツアーを申し込もうと、まさに旅行代理店を探しているところだったのだ。 ブディさんなら手間が省ける。
そのことを伝えるとブディさんは「ぼくは車を持ってません」といい、でも・・とつなげる。 そして「バイクならあります、ほらあの赤いやつ」と、その方向を指差すのだ。 バイク、いいじゃないか。

「それでいい」
ぼくはわくわくしながら言った。

 

バイクをふたり乗りして、ジョグジャ(地元の人はジョグジャカルタのことをそう呼ぶ)から40kmくらい離れたボロブドゥール、プランパナンなど3つの寺院を(しかも日本語のガイド付き)まわる。 所要時間は約8時間。 それから一緒に夕ご飯を食べ、ホテルまで送ってもらう。 悪くない。
「いくらで行ってくれる?」とぼくは問う。 ブディさんは少し迷ってから「20万ルピア(2000円)でどうですか?」と答える。

「それでいい!」
ぼくはわくわくしながら言った。 さっきよりもいくぶん強めに。

 

旅はこれがあるから、面白い。

さっそくぼくたちはバイクにまたがる。 ブディさんはパーキング場のおじさんからぼく用にとヘルメットを借り、サイズを調整しかぶせててくれた。 ためしに「この国はヘルメット着用は強制なの?」 と訊けば、「いいえ、かぶらなくてもいいです」と答えるのだ。
(大丈夫、この男なら)と、ぼくはひとり合点した。

 

f:id:naokin_tokyo:20090722125647j:image

ありきたりの毎日と引き換えに、ぼくたちは安心と安全を得ることができる。 でもそれは、望むともなく誰かの手のひらで踊ることでもある。 できるだけ上手に、はみださないように、こぼれ落ちないように。 「自分らしく生きたい」とぼくたちは口ではいいながら、しかし周りから浮いてしまわないよう自分を封じ込める。 自分ですら気づかないくらい、とても上手に。
それが日本人が言うところの「大人」だ。

 

結局のところ、ぼくたちはなぞるように生きるしかないのだろう。
けれどもそんな「なぞり」は、やがて自らを縛る澱となる。
旅の風は、そのような澱を浄化する作用があるように思う。

 

f:id:naokin_tokyo:20090721162938j:image
△ ボロブドゥール仏教寺院、日本の平安京とほぼ同じ頃に着工された
バイクの爆音と排気ガス。 インドネシアの田舎道はお世辞にも整備されているとは言いがたい。 穴ぼこやアスファルトの亀裂があり、枝やヤシの実が落ちていることもある。 下水の水があふれ乾期なのに大きな水たまりもある。 そんななかをかまわずブディさんはぼくを乗せ疾走する。 無防備なぼくの膝や肩をかすめて走り去るクルマやバイク。 大きなカーブでは小石にタイヤをとられ、一瞬よこすべりする。 転倒したりバランスを崩して落馬すれば、おそらく無事ではすまないだろう。 見知らぬ場所で、どうなるかわからない運命を思う。 ブディさんと出会ったのは、ほんの1時間前なのだ。

f:id:naokin_tokyo:20090722130816j:image
△ ムンドゥッ寺院、中に巨大な石仏三尊像が座っている。ちかくのマングローブの大木から垂れ下がるツルでブディさんとしばしターザンごっこに興じる
赤道直下の太陽にヘルメットを焼かれ、ヤシの実のアーチをくぐり抜ける。 道ばたで戯れる貧しい身なりの子供たちに手を振り、その子らの運命に思いを馳せる。 干し草を積んだ馬車、道を横切るアヒルの一群。 前後に子供を乗せて走る自転車。 どうせ、生まれる場所と時代は選ぼうにも選べない。 その子供はぼくであったかもしれないのだ。 田園がひろがり、風に土の匂いが混じる。 遠くに見える仏教寺院の屋根が、なにかの合図のようにきらりと反射してみせる。

 

なんだかわらないけどすごい!

風の中でふいに咆哮してみたくなるが、やめた。
ブディさんがびっくりして、ハンドルをとられちゃうと困るので。

f:id:naokin_tokyo:20090722131244j:image
△ 時にはユーモアを交えて説明してくれるブディさん

■ プランバナン寺院をバックになおきん
f:id:naokin_tokyo:20090722131735j:image
アンコールワットの遺跡に似ているのは、両者ともビンドゥー教寺院であるから。でも時期はややこちらのほうが古いです。 実は開場時間に間に合わず中には入れませんでした。ブディさんはしきりにあやまるのだけど、十分です。あれ以上スピード出されていたらさすがに命が心配。

 

8 件のコメント

  • 凄い!運命の出会いみたいですね。しかもなおきんさんって旅慣れてるし、度胸があるなあ。残念ながらこういうことは男性の方がやりやすそうですね。自分が行った気になって、なおきんさんの旅を楽しもうっと!

  • 楽しい楽しいー!
    すっかり行った気になって読んでしまいました。そんな気分にさせてくれるなおきんさんの表現力に感服!(いつもですが。)
    旅日記、まだまだ楽しみにしてますよー

  • 生来旅の好きなひとって、風と一体になったり、視界を横切る風景に咆哮したくなったりするんですね。ちょっとワイルドな気分でなかなか好いです。なおきんさんの、一番かっこいい文章が紀行文。これまでの旅の随筆だけでも本ができちゃうと思うのですけど。それならコメント欄のこと気にしなくていいのでは。それよりオートバイ、転倒しなくてよかったですね。記事のような状況だと大変だったかと。なおきんさんて、やっぱり豪快というか、こっわ〜な人です(笑)。特にタンデムは私の(生前の)父くらい安心できる人でないと乗る勇気ないです、私は(ぶるぶる)。
    なんか、今日のブログはかっこいいなあ。

  • これが旅の醍醐味ってヤツですね。決められたルートを案内されるだけの安全な旅じゃなくて、本当の自分に戻っていく旅、新しい自分を見つける旅。
    今日の記事には「風」を感じました。
    GO!GO!! なおき〜〜〜ん!!

  • いいなぁ!団体旅行じゃない楽しみは、融通がきく所と少しのハプニングですよね!バッチ付けて、ぼったくり土産物店にいる時間がバカバカしいので、気力と体力があるうちは、行き当たりばったりの旅行を楽しみたいです。今、狙っているのは、屋久島と高千穂。また一人旅になりそうです。

  • すごい!楽しそうですね!
    日本語上手な、外国人には注意ですが…ブディさんの
    写真をみてこの人なら安心なんて思ってしまいました。
    いつもの、なおきんさんの写真よりがっちりたくましく
    みえますね。かっこいいです!
    気を付けて、楽しいたびを続けてくださーい!

  • あたしは昔、インドネシア本島ではなく、バリ島にカメラの仕事がらみで3週間滞在して、途中でバイクを借りました。
    水のシャワーしか出ないロスメンに滞在し、地元で友達もでき、観光用のではない、地元のヒンドゥーのお祭りに誘われて参加したりしたことを思い出しました。
    仕事は、クライアントのあっさりした裏切りでチャラになり、出るといわれたギャランティーもなくなり、3週間の夏休みに返身しちゃいましたけど(笑)
    最終週、バイクだけが転倒し(笑)、返却する際にものすごいおっかない顔をしたレンタルバイク屋のおっさんに、「10ドル必要だ」と言われ、言われるまま払いました。ものすごいぼったくりだったと思うけど、今ではそれもいい思い出です。

  • ぷうさん、一番ゲットおめでとさまです!
    確かに偶然の出会いがこういった展開につながるのはぼくが男で、しかも一人旅だったかもしんないですね。旅は小さなハプニングこそが面白いことをあらためて体感しました。引き続きコメントをありがとさまです。
    ——————————-
    gohachiさん、臨場感を共有いただきとてもうれしいです。だってそのためのパソコン持ち込みですからね。正直文章は自分でもどうかとおもうんだけど、ここはひとつ鮮度でカバーってかんじでしょうか、ね?
    ——————————-
    ぱりぱりさん、ありがとうございます。紀行文については、なんというか現地の空気がそうさせるんでしょうかね。あるいは普段だと仕事に使われる脳がこっちに全部使えるというか・・。タンデムは居眠りできないのが辛いですね。クルマと違って・・。
    ——————————-
    おかみっちょんさん、応援ありがとさま!そうです、旅の醍醐味です。なんというか筋書きのないところに面白さがありますね。パッケージツアーだと、ただの「確認」でおわっちゃいますから。「風」が共有できてうれしいです。
    ——————————-
    しのっちさん、そうですね。旅も人生も行き当たりばったりなのかも。人間それで学習し、知徳を得るんですね。予定調和の人生には、自分が主役という実感が持てないかも。あれ?人生論になっちゃいました(笑)
    ——————————-
    さえぴーさん、そうですね。ブディさんは写真よりずっと優しい感じです。それからだまされても「あとでネタになる」と思えば、損はないと割り切ることも必要でした。この場合、身体を張ってのネタですけど(笑)
    ——————————-
    Yulicoさん、いいですねー。バリ島のバイクの旅。しかもロスメン。なかなかタフでワイルドな旅だったのですね。ひどいクライアントだったとはいえ、結果として得難い経験を旅で実現できたのはよかったですね。カメラマン・・、うーん、かっこいいです。

  • ぱりぱり へ返信する コメントをキャンセル

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    ABOUTこの記事をかいた人

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。