極東上空から夜間撮影した衛星写真をぼくは見ている。
日本のある場所はとても明るい。
まるで列島自体が発光しているかのように明るい。
いまは節電で東京周辺は少し暗くなったのだろうけれど。
近くには韓国があり、台湾も同様に発光している。
密度がいくぶん弱ぶれながら、中国沿岸部も明るい。
ところが、朝鮮半島の根元の部分、そこだけが暗黒だ。
帯状の闇に覆われ、ブラックホールさながらである。
北朝鮮である。そこだけが黒く塗りつぶされている。
平壌の一部だろう辺りに、一滴ぶんの白い染みを残して。
21世紀のエネルギー消費者の繁栄のともしびにあって
2300万人を擁する北朝鮮のひたすらな空虚感は神秘である。
▲ 極東付近を撮った夜間衛星写真。北朝鮮部分にほとんど明かりがない
さすがの北朝鮮も1980年代までは、そうではなかった。
ソ連の庇護があり、石油だってべらぼうに安く買えた。
夜になれば灯りがあった。もちろんふんだんとは言えないまでも
労働者各軒、40Wの裸電球一個ぶんの灯りは許されていたのだ。
だがソ連が崩壊してみると、非効率経済は破錠した。
タービンの回らなくなった火力発電所はサビつき朽ち果てて、
人々は用済みとなった送電線を奪い合い、食糧に替えた。
原子力は発電より核兵器に回された。
節電どころか、ただの無電である。
人々はじっと暗闇に耐え、寒さに耐え、暑さに耐えている。
それよりもまず、空腹をどうにかしなくちゃならない。
この国では、いまだ百万人もの餓死者が毎年のように出る。
電気も来ない荒涼たる暗黒の国だが、そこには愛もある。
恋人と過ごすには、暗闇はむしろ好都合である。
公で、婚前の男女が仲よくするのははばかれる。
ましてや51もの複雑な階級制度が、この国にはある。
生まれながらにして身分が定められ、
格上げになることはまず、ありえない。
下げられることは、しょっちゅうあるようだが。
まして階級を超えての交際など許されない。
密告によって当局にしょっぴかれ、強制労働所行きだ。
子の罪は親が引き継ぎ、親の罪は子に、やがて孫に引き継がれる。
闇は、そんなルールからも身を隠してくれる。
することがないからと、大人たちは夜7時には眠る。
だから思春期を迎えた子供たちが家を抜けるのは意外とたやすい。
闇にまぎれて待ち合せ、闇の中を二人でどこまでも歩く。
思えば、北朝鮮の夜空はどこよりもきれいなのではないか。
晴れていれば満天の星空。月が煌々と木々や肌を照らすのだろう。
流れ星もあるだろう。願い事もあるだろう。
この国の遥か上空を流れる星に向けられる、恋人たちの願い。
そんなものは小説にも映画にもならない。
だけど何ヶ月も前に観た脱北がテーマの映画『クロッシング』は、いまでも強烈な印象が残っていて忘れられません。あんなかわいそうなことが、日本のすぐ近くで起こっているなんて・・・
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