いいわけには呪いが

いいわけのうまい人がいる。

ミスをしたり、不義理をしたりしても
たしかにそれじゃあしょうがないなあ
と相手に思わせるような人。

そのいいわけがたとえ真実だとしても
理由付けはするべきではないという話だ。

「いいわけは、同じ失敗をくり返す呪いだよ」

ぼくが幼いころ、よく祖母が言っていた。

はじめはなんのことかよくわからなかったが
年をとるにつれ、その意味するところが理解できた。

たとえば、出勤や訪問、待ち合わせに遅れたとする。
遅刻の理由を「寝坊」にすればその人は何度も寝坊し
遅刻の理由を「電車の遅延」にすれば、
そのひとの乗る電車は、なんども遅れるのだ。

考えてみれば恐ろしい。

恐ろしいのは、いいわけをすることで
「寝坊なら遅刻してもいい」と
脳に刻み込まれるこまれることだ。
自己弁護の心理からくる自己の正当化。

祖母のいう「呪い」はそういうことだった。

自己弁護は自己正当化につながる。
もっともらしいいいわけをついているうちに、
その人を「失敗しやすい」運命に変えていく。
これを「呪い」と言わず、なんと言おう。

人生はさまざまな失敗や小さなミスであふれている。
それが原因でチャンスを逃し、致命傷になることも。

失敗やミスは「くせ」になることもあるが
おそらくそれは「いいわけ」によるものだ。

必要なのは「いいわけ」ではなく「対策」である。
同じミスを繰り返さないよう、次からはどうするか。
もっともらしい理由をつけばつくほど
そのことに意識が回らないのが「呪い」の正体である。

久しぶりに亡き祖母が夢に出てきたことをきっかけに
ふと、そんなことを思い出しました。
自分を叱ってくれたり、叱ってくれていた人を
大切に思い、これからも大事にしたいものですね。

7 件のコメント

  • 「言い訳の帝王」の昔の同僚です。ただ、言い訳になりそうですが、通常じゃない状態で何かのことを成し遂げようとする時に、言い訳を許されないと「じゃー、あんたがやってみろ」 と言いたくなる様な場面があります。そういった気迫を込めて言い訳すれば、仕事は頓挫しないし、実際には「自分ではそれをリアライズできない相手」に「できない」という恥をかかす必要もなくなります。「究極の思いやり」でしょうか(笑)。1+1が2なんて簡単な解を求めることが少ない現実社会。言い訳は「許されるべき」だと私は信じます。言い訳を許さないのなら、「僕辞めます」って感じでしょうか?いずれにしても、言い訳を許さないのは「xxのx(漢字)の小さい証拠」でしょう。大きくてもxxxので困るかも知れませんが、チマチマした雰囲気は大きな仕事の邪魔です。ですから、「言い訳万歳」、言い訳はエンジンのオイルのような潤滑剤にもなり、しかし、おっしゃるような副作用もあるでしょう。ということは、「言い訳も使いよう」で、私の場合は、「その場の空気を見切る」+「説明書を読んで服用する」で、相手の気持ちも悪くせず、副作用もミニマムに抑えている「稀な例」かもですね。ということは、私って意外に 「気配り名人」 kもです。

  • 私の祖母は、私がお勝手に入って行くと「男の子がお勝手仕事に興味を持つんじゃない」といって追い出されていました。いつも着物を着込んで割ぽう着姿で台所仕事をしていた記憶があります。両親は共働きで、母方の祖母でしたが、大変に優しいおばあちゃんでした。「きんぴらごぼう」とか「ほうれん草のおひたし」とか「厚焼き玉子」とか、何か今ではお惣菜屋さんか飲み屋のつまみみたいな料理が多かったのですが、40年以上前の日本ではそんな感じだったのです。働き者の彼女の口癖は、「そらを使うんじゃない」でした。言いつけられてことをこなしていないとよく言われたような気がします。小学校にあがってからは宿題をしてなくて遊んでいる時に言われたり、今思うと懐かしいだけです。その時の口調も覚えています。所謂、なおきんさんの言う、「叱ってくれた人」だと思います。とうに死んでしまいましたが、生きている限り私の中で生き続けています。

  • 私の祖母は『自分以外の人間は皆、自分よりも少し賢いと思いなさい』と
    よく言っていました。
    この言いつけも、大人になってから沁み入ります。

    言霊ってあると思うんですよね。
    よくも悪くも、自身へ大きな影響を及ぼします。しかも無意識のうちに。
    まさに言葉は血や肉であり、言葉が人格を作っていくといっても過言ではないのかもしれません。

  • う〜ん、子供の頃によく親父に「お前はエクスキューズが多い」と叱られたからかな、いまだに弱音を吐きたくなると、それが耳について、40歳をいい加減越えたにも関わらず、凹んでるときはさ、「自分はそんな人間なんだ」とか思っちゃったりしてさらに凹む時もありますがね。確かに30になった頃からはnaokinさんがおっしゃるように、「対策」が解決策になったかな。
    昔の同僚さん、「じゃー、あんたがやってみろ」って最高、私もそんな時ありますよ。

  • 昔の同僚さん、一番ゲット、おめでとさまです!
    また、なかなか読み応えのあるコメントを(しかもふたつも)どうもでした。ステキなエピソードです。そういえば「ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う」的なやり取りがなつかしいですね。もちろん「いいわけ」は許されるべきものもあると思います。ただ、ぼく自身同じ失敗をしたとき、ふと「祖母のコトバ」を思い出してしまいました。それにしても「叱ってくれたひと」のことは、こうしてコトあるごとに繰り返しありがたいですね。
    ———————-
    oreoさん、
    いいですね「少し賢いと思いなさい」というコトバ。そうやって謙虚に、素直になることでより多くのものを得、より成長していくはずですから。言霊はたしかにありますね。至るところに。自信の行動の一つ一つに、影響を及ぼしたりしますよね。
    ———————-
    あんじぇらさん、
    自分が言い訳できなきゃ、じゃあ、だれが自分を正当防衛してくれるんだ!と思ってしまいますよね。もともと人間って、いつも誰かのせいにしたくなるものだし。でもまあ、そのことで自分を正当化しちゃうと、同じいいわけでまた失敗しちゃうもの。これが繰り返されれば損をするのは自分。うまくできてますね。

  • 耳には痛く、心には染みました!

    精神と科学の融合って感じの説明に、目の覚める思いです!

    自分に思い当たる節があります。
    治したい!と素直な気持になれました。

    なおきんさん、ありがとうございます。

  • はてなさん、
    ひとはなにかと弱いものです。ゆえに脳は騙されやすく迷信は生き続けます。「呪い」というのは一種の「すり込み」なんだと思います。悪い習慣にひきずりこまれないようにしたいですね。

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    なおきん

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。