甘い、くすぐったいような香りがした。
はじめはそれがなんだかわからない。 嗅覚に遅れることコンマ3秒、ようやく視覚がその香りの元をとらえた瞬間から、ぼくはその女性(ひと)から意識をそらすことができなくなってしまっていた。
まあ、そこまで大げさでないにしても、香りによって見ず知らずの女性に惹き付けられることが、ごくたまに、たぶん一年に1、2回くらいぼくにはある。 気が緩んでいるときなどは、ちょっとイケナイ想像すらしてしまったりもする。 不思議だ。 相手は何でもない、ごくごくふつうの容姿の人だった りするのに。
フェロモン?
あるいは、その香りを身にまとうだけで異性が惹き付けられる媚薬。 例えば象の性フェロモンは、ねばねばした涙なのだという。 蚕のメスにいたっては、その分泌で10億匹のオスを惹き付けるとも。
女性は生理時やセクシーな気分になったときに、発情ホルモンのエストロゲンなるものを分泌するのだそうだ。 女性器のまわりや脇の下など、ふだんはヘアーに覆われた部分。 ヘアーは大事なところを隠すという役目のほかに、においを拡散する役目も果たすと聞いたことがある。
ぼくが感じたのはこれだろうか? よくわからない。
対して、男はどうなのだろう?
ヒトフェロモンとして代表的なのは、男性ホルモンのアンドロステノンと呼ばれる物質だ。 けれども、ケア用品でおなじみのライオンのビューティケア研究所の発表によれば、この物質こそが女性に不快感を与えてしまう体臭の原因だとし、「制汗デオドラント剤」にはこれの発生抑制作用がある成分を用いたとある。
男性フェロモン、むしろ役立たず。である。
その香りを身にまとうだけで異性にモテる
そんな都合のいい香水があれば、誰もが欲しがるだろう。 それを開発し、販売すれば大ヒット間違いなしだ。 価格が10万円したとしても、売れまくるに違いない。 モテるためのさまざまな投資。 世にはびこる「モテるための○○○」。 例えばダイエットや美容やオシャレグッズの類い、高級レストランやハイグレードツーツ・・・ これらは「モテ香水」にその役目を奪われるはずだ。 これまでのモテるための苦労や努力やひもじさから人々は解放され、シュッとひとふきでモテ人生を楽しめるだろう。
すばらしい!
と思っただろうか?
たぶん、思わないはずだ。
そんな世界や人生は実につまらないし、空虚だ。
人生や恋愛が味わい深いのは、簡単に手に入らないからともいえる。 もどかしさや焦燥感が愛を深め、簡単でないから達成感がある。
先日の日経流通新聞のトップは「高額所得者の趣味はランニング」という記事であった。 世帯年収900万円以上の、実に40.3%がランナーであり、20%台の野球や釣りを大きく引き離しているのだと。
100年前ならいざ知らず、これほどまでに便利な時代に人はなぜ走るのだろう? クルマや公共交通システムが充実し、ケータイやネット、ゲームやDVDだってある。 わざわざ汗をかいたり、時間をかけたりする必然性がどこまであるのか?
必然性はある。
そのことをぼくたちは、ちゃんとわかっていたのだ。
「努力や実力は常にその対価とともにある」 ということを。
「モテる香り」は、香水ではない。
ありがたいことに。
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