ラマダン(断食月)と重なったアルジェリアの旅。ぼくはもともとグルメではないし、食を求めて旅をしているわけじゃないので、それがどうした? みたいな感覚でいた。それに、外国人なんだからおおめにみてもらえるだろうと。
ところがそうでなかったのは、イラ写で記事にしたとおり。大いに関係したし、行動範囲がせまくなりもした。ラマダン期間中はどの町も飲食店がことごとく閉められていることを計算に入れていなかったのだ。外国人や異教徒もいるんだから、たまに開けている店があるだろう、などと甘く考えていた。
店主や従業員はこの時期はとても営業にならないからと、終始バカンスをとったり、そろそろ痛んできた店内の修繕にあてている。ぼくは空腹を抱え、喉の渇きを覚えながら、開くことのないシャッターの脇にあるメニュー表を、ただ恨めしく見つめるのだった。
あらためて実感したのは、これまでの旅ではごく当たり前のようにカフェやバールを多用し、足を休め、空腹を満たし、喉の渇きを潤していたのだった。レストランでがっつり食べずとも、屋台でサンドイッチを買い、それを公園のベンチに座って食べるのもいい。けれども公園のベンチはすでに人々で埋まり、東洋人であるぼくはただでさえ目立つ。八方から視線が集まる。そんな状態においては サンドイッチを食べるどころか、鞄の中からペットボトルを取り出して飲むことすらはばかれる。公園には子供たちや老いた女性たちもいて、飲食を我慢しているのだ。大の男が、外国人だというだけで許されていいものかと思う。
炎天下のもと何時間も歩き、水が飲めないというのは本当にきつかった。視界がだんだん狭くなり、足元がぐらっとくる。さすがに熱中症で倒れるわけにもいかない。そんなときはトイレに駆け込み、個室に隠れて水を飲んだ。言うまでもないけど、暑い日の公衆トイレの臭気はすさまじい。掃除だってろくにされていないのだ。そんな場所で水を飲めば、なんだかトイレで流す下水を飲んでいる気分になる。ひとりトイレにこもり、鼻をつまみながら水を飲んでいると、いったい自分はここで何をしているんだろう?と気持ちが沈んでくる。
フランス統治の影響で、朝食はだいたいコンチネンタルである。カフェオレにバケット、それにバターかジャム。それだけだ。しかもアルジェで泊まったホテルのパンはパサパサで食べれたもんじゃなかった。でも食べておかないと、次に食べるのは日没時である。ぼくは市場で果物やパンを買っておき、それを朝とランチにした。日本から持ち込んだ食料が大助かりだった。
▲ ガルダイアでのランチ。冷たいお粥と缶詰
旅行者にとってディナーはお決まりのコースメニューしか選択肢がない。ホテルや、かろうじて店を開くレストラン。どこもラマダンプライスで、だいたい4000円くらいする。アルコールはなく、飲み物は水だけ。ただのパスタやハンバーガーで十分なのにと思うが、それはない。
▲ コースメニューのラム・シチュー
とはいえラマダンは得難い体験だった。
日没直前の20時近くなると、通りから人が消えた。文字通り消えるのだ。車の往来がなくなり、辺りはゴーストタウンのようになる。かつての日本の正月のようだ。あれだけいた警察官もすっかりいなくなる。犯罪の方は大丈夫なのか?とも思う。たぶん、大丈夫なのだ。善人も悪人も等しく家路につき、みんな仲良く食卓を囲む。コーランによれば、ラマダン中の食事は遅い時間にダラダラ食べたりせず、日没直後すぐに食べるのが良いとされる。
▲ 市場での収穫、全部で900円なり。これを数日に分けて食べた。
ひと気のない通りはまるで映画のセットのようである。ぼくはカメラを片手に、あちこち写真に収めてまわる(だから食べるタイミングを逃すのだが)。その間じゅう、アパルトマンのあちこちから食器がカチャカチャと鳴っている。開け放たれたフランス窓からトマトスープの匂いが漏れ、煮込んだラム肉の匂いがする。男たちの声,女たちの声,子供達の声がする。ぼくが幼少の頃の日本ではこんな風景もあったかもしれないな、と思う。とくに田舎ではそうだったはずだ。夕げはどの家庭も同じような時間だった。家族が揃って食事をするのがあたりまえだったのだ。
▲ カフェで水パイプを嗜む人たち
夜9時ごろになると、街に活気が戻ってくる。再び通りは人々で埋まり、車のクラクションがけたたましくなる。相変わらず車のアラームが何処かで鳴り響き、パトカーの音がする。それが明け方近くまで続くのだ。夜中の1時に公園で子供達がサッカーをし、大人たちがコーチしているのも一興である。
▲ 子供たちも一杯はじめている
みな、それぞれ小さなコーヒーカップを手にしている。この国で酒は飲めない。代わりに統治時代からの習慣で、フレンチコーヒー(要するにエスプレッソ)を何杯も飲むのだ。
▲ この国ではコーヒーにミルク入れない、砂糖だけ。約40円。
一杯飲めば、ガツンとくる。
日本のエスプレッソよりストロングだ。
これじゃ、眠れるわけがない。
- きょうのひろいもの
炒ったナッツと、エスプレッソ。少し焦げた香ばしいナッツの苦味と、ストロングエスプレッソの苦味がベストミックス。これはまさに人生そのものではないか、としみじみ。夜中の公園のベンチに座ってポリポリかじっていると、不憫に思われたのか、通りすがりの地元の人たちに声をかけられます。その声が「いろいろあるだろうけどがんばろうね」というふうにも聞こえ、なんともほろ苦く、またあったかい気持ちになるのでした。
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