今だからこそパールハーバー(その2)

真珠湾展示館に向かう。

戦場となった地に併設される歴史(軍事)博物館では、たいてい戦場の様子や使われた兵器、活躍した英雄がストーリー立てで説明され、関連する展示品が並ぶ。戦意高揚の意味を込め、とくに愛国心を育むために利用される類に至っては、相手がいかに残忍で、悪くて、自分たちにひどいことをしたかを説明してある。

その意味で、先の大戦で負けた日本人にとって、外国の軍事博物館はなにかと肩身のせまい思いをすることが多い。いわんや日本軍の奇襲攻撃で、アメリカ国民に多大な犠牲をだしてしまったパールハーバーである。日本を悪く説明しないわけがない。ある種の緊張感を持って訪れたぼくは、だがその予想を大きく外すことになる。

まずは、入り口のパネルにある説明から・・・

 

「A Gathering Storm(迫りくる危機)」

展示館の正面入口にパネルが設置されている。
短いがとても重要な文章である。こうある。

アジアで紛争が吹き荒れていた。古い世界の秩序は変わりつつあった。アメリカ合衆国と日本という2つの勢力はそうした世界に勃興し、指導的な役割を果たそうとした。双方はその国益をさらに追求したが、お互いに戦争は避けることを望んだ。しかしながら双方は、ここ真珠湾で衝突する成り行きとなってしまったのである。

え?と、あなたは思われるかもしれない。
悪い日本が真珠湾をだまし討にして戦争を始め、アメリカがこれを迎え撃ったのではなかったのか?と。ぼくたちは戦後、一日も欠かすことなくそのことを反省し、それゆえ物騒なものを手放し、ありがたい憲法を一文一句変えずにいた。しかたなく、国益よりも私益を優先し続けてきたではないか?

繰り返す。
アメリカと日本、2つの勢力が国益を追求し、避けようとしたが、パールハーバーで衝突した。これがアメリカ政府の公式見解である。太平洋戦争が起きた理由である。軍部の暴走でもなく、侵略でも、ましてや世界征服や民族浄化でもない・・・

入り口にこのパネルがあったおかげで、ぼくは長年の澱が取り除かれたような気分で、その後の館内の展示を眺めることができた。言葉をちゃんと選んでいるところにも感心させられた。台湾は保有(holding)、韓国は公式に併合(formally annex)と表現されている。侵略でも軍事制圧でもない。自分たちの作った歴史と辻褄が合わないことに中国や韓国はイラ立つ。仕方がない。嘘の尻尾は、隠そうにもやがて賞味期限が切れてしまうものだ。

 

JAPAN IN THE 1930s

  • 「日本は、西洋が東アジアを威圧し支配することを、終わらせようと考えた」
  • 「東アジアには資源と新しいマーケットが期待された」
    と記されているところにあらためて驚く。客観的、かつ正論である。だが日本国内や特定地域ではいまも、あの頃の日本がすべて悪かったことにしないと気がすまない勢力がいて、こうした正論がなかなか明るみにされないでいる。

アメリカは政治的判断として、懲らしめたい相手国をが経済封鎖することがあるが、1940年には日本に対してもおこなわれた。日本にとって死活問題だったのは、当時、石油総輸入量の実に80%をアメリカに頼っていたことだった。止められた以上、これに代わる資源を南方や中国大陸に求めるのは当然。と説明にある。

 

日本海軍の誇りは「赤城」であるとアメリカは言う

「赤城 The proud of Japanese Navy」

空母甲板にびっしりと並べられている97式艦上攻撃機、機体下部に搭載された魚雷まで精密に再現している。

ここに展示されているものの中で、ぼくがお気に入りなのが空母赤城を復元した巨大スケールモデルである。赤城こそはアメリカが考える、当時もっとも貢献した日本の艦船として認知される。このスケールモデル、なんと奇跡的に残っていた実物の赤城の造船設計図をもとに、数千万円もかけて作られたという。だから艦船のリアル感が半端ない。

士官や整備兵、水兵たちが全員で帽子をふり、戦闘機の出撃に声援を送っているようすが生き生きと再現されている。1/144スケールにも関わらずこのフィギアの完成度は圧巻である

航空母艦の出来は素晴らしい。加えて驚かされるのは艦載機。1機1機すべて違うデザインで塗装されているほか、戦闘機に乗り込もうとするパイロットや翼下で跪く整備員、手を振る水兵や双眼鏡を覗く士官など、精密に再現されている。いまにも声やエンジン音が聞こえてきそうなリアル感に満ち満ちている。となりには、この場所の主役であるはずの戦艦アリゾナの模型があるが、添えられたフィギュアはたった2体だけ。赤城とは扱いにえらい差がある。片や一発も攻撃することなく沈められた戦艦アリゾナ、かたや何隻も沈め、それまでの戦い方を一新した空母赤城というわけだ。いったいどれほどの尊敬と情熱が込められたのだろうか。敵味方関係なく、より貢献した方を賞賛する。アメリカの、こういうフェアであろうとする姿勢に感心する。

説明文にはこうある。「ハワイ時間の12月7日、赤城より第一波攻撃隊36機が、わずか15分で全機発進されていった」

すごいではないか。
一機ずつしか発着できない狭いひしめく甲板を、36機もの戦闘攻撃機がたった15分で全機が飛び立つのである。いったいどれほどの練度と統率と集中力を必要とするだろう? ”The Proud of Japanese Navy(日本海軍の誇り)” たる ゆえんである。

空母赤城のスケールモデル:実物の赤城の設計図を元に、アメリカで作られた。制作費は3〜4千万円といわれる。左側に展示されているのは、日本軍が実際に使用した飛行機の腹に装着された爆弾の種類。

 

南京大虐殺はなかったと展示館が証明

日中戦争は開始されると、あっという間に首都南京が陥落した。蒋介石率いる中国軍は逃げ出し、残された20万人もの市民は安全区で保護された。写真では「残った中国兵は国際法に乗っ取り逮捕された」とある。そこに、虐殺の「ぎゃ」の字もない。

軍国主義だったから、帝国主義(領土拡張主義)だったからなどという、戦後ぼくたちが教えられたような史観はここにはない。ガイドによれば、中国や韓国はこうした展示物にいちいち文句をつけ、修正しろと抗議をしてくるそうである。アメリカ側は展示内容はフェアであるとし、これをはねのけている。また、中国当局は金で買収することも抜け目なくやるが、かえって裏目に出る。そりゃそうだろうと思う。もし真実ならわざわざ金を積む必要などない。金を積むこと自体が、自ら嘘だとわかっている証である。

アメリカは完璧な国ではないが、つくづくこうしたフェアさには頭が下がる。同じ展示物を日本ではできないだろう。様々な勢力が妨害をし、つぶされる。当事者である日本は未だに歴史を正視せず、敵国だったアメリカが代わりにやる。不思議といえば不思議である。

鉄、石油、天然ゴム、スズ・・1941年当時、アメリカやヨーロッパ諸国の植民地となっていたアジアで採掘される鉱物資源マップ

日本が当時必要としていた鉱物のほとんどは東南アジアにあった。しかしそのアジアはアメリカやイギリス、フランス、オランダなど列強の植民地であり、日本への輸出は制限されていた。経済制裁に伴い、ついには日本へは入ってこなくなったのだ。日本が戦争を始めなくてはならなかった理由として、自力で資源の確保に努めねばならなかったと、説明にある。

 

いまなぜパールハーバーなのか?

いまも「日本は悪かった」と東アジアの一部でいわれている。ぼくたちも学校でそう習い、国内ではその解釈が今も主流である。アメリカもそう考えていると思っていたら大間違いであることが、パールハーバーで確認することができた。さすがはアメリカ、フェアプレイの国だ!と喜ぶのはまだ早い。歴史には常に解釈が伴い、解釈は一定ではない。政治的に配慮されたり、そのときどきにおける世界情勢を反映することがある。

たとえば、2009年暮れにここを訪れた時は「A Gathering Storm」のパネルはなく、日本は資源を止められそれを確保するために戦争を始めたという説明はなかった気がする。あったしても、とても目立たなかった。代わりに『国家記憶』と題した「アメリカと中国が共同作戦で日本を打ち負かした」という、中国共産党のでっち上げストーリーに基づく展示品があったのだ。

ドナルド・トランプは「アメリカ・ファースト」を唱えるが、それは今に始まった事ではなく、アメリカこそは建国以来ずっと国益を追求し続けてきた。国益を追求するために国際政治に関与し、国益を追求するために世界の警察であろうとした。そしていま、国益を重視するために孤立主義に入りつつある。元イエール大学教授のマイケル・オースリンは言う。

1930年代を通じて アメリカは様々な兆候を見ていた。広大な領土が奪い取られるのを黙認し、それを無視した。ヒトラーを無視し、ムッソリーニを無視した。大日本帝国を無視した。そして、突然真珠湾攻撃が起こり、アメリカは譲れない一線に直面した。(中略)次に世界を変えるのはなんだろうか?それはわからない。だが、アメリカはそれについて深刻にそして真剣に考えようとはしない。アメリカは疲れている。面倒なことは取り組もうとしない。これまで世界の安定を守ってきたアメリカ軍のプレゼンスの維持に尽力しようとしない。だが、そんな態度をとるたびに、アメリカはその誤りを思い知らされるのだ。【オースリン:中国の動向に際して】

今の中国は、第一次大戦直前のドイツにそっくりである。
2000年始めの中国と1900年始めのドイツ、それぞれの時勢において経済の急激な発展に伴い、石油などの資源輸入の依存度がますます上がった。ドイツは安全保障上、中東の石油をドイツに制限させようとするイギリス、ロシア、アメリカの動きに過敏になっていたし、今の中国は石油ルートであるマラッカ海峡でのアメリカの動きに過敏になっている。世界からすれば暴挙である南シナ海を抑えようとしているのは、その過敏性被害者妄想に囚われているからともいえるのだ。

そのことはもちろん、第二次大戦前の大日本帝国とも酷似している。経済成長の最中に資源を止められると、あるいは止めようとされていると認識すればどうなるか? 歴史はどう動いたか? 「日本はなぜ戦争を始めたか?」そこをしっかり見極めようとする動きこそが、いまパールハーバーで伝えようとしているのではないか。少なくともぼくにはそのように思える。

リメンバー・パールハーバー

ともすれば孤立主義に陥りそうな今のアメリカだからこそ、自省を込めてこのスローガンを唱えようとしている。「5年以内に我が国と中国との間に戦争が始まるといわれています」と、パールハーバーを案内してくれたガイドが言った。パールハーバーこそはその試金石なのだと。

戦艦アリゾナが今も沈んでいる上に浮かぶアリゾナ記念館。アメリカ海軍の施設である。2016年12月には安倍首相がここで演説を行った。

戦艦アリゾナは、こんな風に沈んでいる。艦橋部分を取っ払い、記念館の施設が十字にかけられた。まるで墓標(十字架)のように。

 

ビーチでのんびりしている場合ではないな・・
と、ハワイでぼくは思うのだった。

 

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3 件のコメント

  • なおきんさんにはいつも驚かされます。今日のこの記事も目から鱗の思いです。ますます行ってみたくなりました。ありがとうございます。

  • ハワイには何度か行っているのに1度も真珠湾展示館へ訪れることなく買い物ばかりしていた自分に恥じらいを感じました。なおきんさんの記事を読んで展示館へ訪れることだけを目的にハワイへ行こうと思うほど、考えさせられました。
    そして、父が海軍に憧れ、後の海上自衛隊に入隊し空母から飛び立つ航空機に乗る試験で最終試験の2人まで残ったと話していたことを思い出しました。結局、もう1人の方が合格し、父は数年で退職。地元に帰り地方公務員としての人生を送りましたが、幼少の私に空母のプラモデルを作ってくれたり、海軍の話を聞かせたり、憧れは尽きませんでした。

    今、日本とアメリカや中国との関係など、国際情勢を考えることは私にとっては難解であり、不安でしかありません。でも、いろいろな意見を聞く中、自分の見解が間違っていたとしても忘れてはいけない歴史なのではないか、私に何かできるわけではないけれど、歴史を学び、何かを思うことこそが大切なのだと思っています。

  • 「知らなかったことを知る」大切さをひしひし感じています。
    フェアであろうとするアメリカの姿勢にも、以前の展示物と比べていまを見通すなおきんさんの視点にも畏敬の念がわいてきます。

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    なおきん

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。