ジョグジャカルタで出会ったのは日本にも留学したことのある男、10分後ぼくは彼の運転するバイクの後部にいた
ブディさんが声をかけてきたのは、マリオボロ通りで路上でチェスをやっている男たちにぼくがカメラを向けようとしたそのときだった。 「もっと近くからどうぞ」 やや小太りのがっしりとした体躯。 どこか懐かしい顔に思えたが、もちろ…
旅日記
ブディさんが声をかけてきたのは、マリオボロ通りで路上でチェスをやっている男たちにぼくがカメラを向けようとしたそのときだった。 「もっと近くからどうぞ」 やや小太りのがっしりとした体躯。 どこか懐かしい顔に思えたが、もちろ…
旅日記
△ ジャカルタ市内をタクシーで移動中、よくこんな風景を見かける 今ぼくのいるこのジャカルタ。 オランダ統治時代はバタビアと呼ばれていた。 それよりも前はジャヤカルタといい、これはイスラム教で「偉大なる勝利」という意味なん…
旅日記
自宅を出たのが朝の5時。 それからようやくジャカルタ市内のホテルにチェックインしたのが現地時間で23時(日本時間午前1時)である。 移動時間だけで21時間。 これじゃ、南米に行ったのとたいしてかわらないじゃないか。 とも…
旅日記
それがいかなる場所であれ、旅の直前に胸中にあるものは意外にも、不安だ。 まったくなんでまた旅なんてしようと思ったのだろうと、自省の念にも似た後悔だ。 あるいは怠惰。 そして無感動。 そういう意味で、ぼくは確実に老いている…
ライフスタイル
ぼくの義理のおじいちゃんだった人は、リトアニア人だった。 はじめて会ったのは1985年の初夏、ちょうど今くらいの時期だ。 場所はロンドン。 当時のリトアニアはソ連領土に編入されていた。 ゆえに彼は英国で祖国独立運動に加わ…
旅日記
「朝の一杯」を、コーヒーからジュースに変えた。 ふつふつと香り立つコーヒー豆の香りは捨てがたい。 でも、コーヒーならオフィスでも飲めるしカフェでも飲める。 飲もうと思えばどこでも飲める。 客先に招かれれば、飲もうと思わな…
旅日記
自分の握るハンドルで、はじめてドイツのアウトバーンを走ったのはぼくがまだ22歳のとき。 アウトバーン3号線だった。 デュッセルドルフからフランクフルトまでの、230 kmの道のり。 広い3車線でアクセルを踏み込み時速18…
旅日記
どちらかといえば、実年齢より若く見られるタチだ。 そのことが、いいかわるいかは、別として。 ある日、洗面台の鏡をつかって自分の顔を見る。 こんな顔をしていたのか? とあらためて思う。 考えてみれば、ふだん鏡を見るのは髭剃…
旅日記
ペンタブレットで 意味もなく、 こんなんとか こんなんとか こういうかんじのイラストを 描き始めたら危険信号! 数分以内には たいてい こうなってます 夜が明けても このままのポーズ そして激しく自己嫌悪 「きょうは、な…
旅日記
南国フィリピン、セブ島。 そこにぼくは6ヶ月ほど暮らしていた。 旅行ではなく仕事。 まだ駆け出しだったということもあり、アパートやホテルではなく、現地社長(スペイン系フィリピン人)の邸宅に下宿していた。 駐在中、現地で内…
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