初めてのホームページでは?

f:id:naokin_tokyo:20090516093554j:image

「歴史を問う」
ぼくが初めて公開した個人サイトのタイトルで、開設は1997年。
当時(12年前)の日本のインターネット人口は6~700万人。 現在(2009年4月)はすでに9000万人を超えたというから、13分の1の規模でしかない。 ましてやWEBで情報発信する個人は、今のブロガーの1000分の1にも満たなかったと思う。

f:id:naokin_tokyo:20090516093530g:image

 

そんな時代に、わざわざこんな堅苦しい個人ページを開設しなくてもよさそうなものだ。
でも、自分なりに理由があった。 インターネットメディアに対して、自分なりの期待感がむくむくと生じてきたのだ。
それが、メディア・リテラシーであった。
ブログが生まれるずっと前からぼくは、一般大衆レベルでそれぞれ思うことや意見することを発信していけば、マスコミが主導する世論誘導や既得権益のようなものをぶち壊すことができるんじゃないかと思っていた。 「あれはおかしいんじゃないか?」 と思うのならばそのことをネットに呈し、議論の場を喚起し続けていけば、マスメディアへの監視が一般の人たちよって可能になるのでは?と期待していたのだ。

 

それにしても「歴史を問う」 のメインコンテンツは、なんとあの 『南京大虐殺』 である。 少しロマンティック過ぎたかもしれない。 ほぼ全ページにわたって、戦争シーンや虐殺シーンの写真が載せられていたし、行間を惜しむくらいの文字がびっしりと並べられていた。

南京大虐殺があったかなかったか」、というのは、メディア・リテラシーを考える上で格好な題材である。 ぼくはサイト内で、同じシーンを報じた写真や記事を「肯定派」と「否定派」それぞれの視点からフラットに並べてみた。 運営者であるぼくは、あえてどちらの立場をもとらなかった。 つまり、判断はあくまでもサイトを見た人の裁量に任せたのだ。

■ 「日本軍は悪」だと主張する人には不都合な写真
f:id:naokin_tokyo:20090516093756j:image
△ 戦死した兵士は敵の中国兵であっても慰霊塔を建て頭を下げる日本兵

f:id:naokin_tokyo:20090516094721j:image

△ 戦闘が終わった地域で現地の子供たちと遊ぶ日本兵

そのことが功を奏して、両派の意見をそれぞれもらえる機会を得た。 このことをしてぼくは、南京大虐殺の有無そのものより多くのことを学んだような気がする。

  1. 情報には「偏り」があるということ
  2. 情報には発信する側に「意図」や「目的」があるということ
  3. 「真実」とか「絶対」は強調されるほど「ウソ」が多いこと

12年前に比べれば、個人が情報発信できる手段ははるかに容易になった。 かといって、この国のネットユーザーたちの間にメディア・リテラシーが育っているのかどうか、まだぼくにはよくわからない。

偏った情報が疑いなく鵜呑みにされていくさまが、ただ拡大再生産されているだけのような気もするからだ。 それならテレビや新聞だけの時代とたいして変わらない。 ネット・インフルエンサーたちは、その片棒をかつがされているだけじゃないのか、とも思う。

「公に発信できる」ということは、自らがメディアになれるということだ。 マスメディアの一方的な情報発信に偏りを見つけ、意図を見抜き、真偽を判断し、必要ならそれに異議を唱えることができるということだ。

ぼくらはまだ、その能力を出し惜しんではいないだろうか?
必要なものなら、タダでそこにあるのだ。

 

7 件のコメント

  • 大学で現代歴史学を専攻していたので、南京大虐殺の議論については非常に興味深いです。しかし非常にデリケートな話題であるため、腫れ物に触るような気持ちで、できるだけ蚊屋の外から見ています。私は大虐殺はあったと信じていますが、その規模については誇張があったのではと思っています。
    つい最近、Facebook のホロコースト否定論を支持するグループのページが削除され話題になりました。私の見解については私のブログに載せています。最近始めたばかりなのでまだ試行錯誤しながらやってますが、お時間があれば覗いてやってください。

  • テレビなどのマスコミは、本当にくだらないことをやってたりしますよね。いい加減にしてほしいぐらいです。
    なおきんさんのブログは、それぞれが、1度じっくり考えてみなくちゃ、という気にさせられます。
    また、ネットやブログや本、または海外ニュースのほうが、よりいい情報を得たりします。
    歴史や戦争、政治のことは不透明なことが多いから、
    難しいですね。
    「情報には発信する側に「意図」や「目的」があるということ」
    これは、現在のニュースでもつくづく思います。
    真実をみるって、至難の業ですね。

  • 遅れてすいません。前回からはじめてコメントさせていただいてます。はじめまして。なおきんさんのイラストかなり気に入ってます。

  • ようやく風邪も折り返したみたいで元気になってきました。はじめてのホームページは堅苦しい内容だったんですね。
    私も偶然、日本語の生徒に「この話について聞いてもいいですか?」という断りのうえで、「南京大虐殺」についての考えを質問されました。
    あったかなかったかというのではなく、もうちょっと現実的な視点から自分の考えを述べたけど、生徒はこの話について日本人と語り合いたかったようで満足していました。
    彼は、私の話を聞いて、多面的に物事を考える方法を学べて良かったと言っていました。ついつい偏り勝ちですからね。

  • 私も昔々、趣味のページを作ってました。
    作成ソフト使って、苦労して。
    それに比べたらブログって簡単ですね。
    閲覧数も面白いように増えていきますし。
    小さなグチでも発信できちゃうので、鬱憤がたまったときはいいかも・・・と思います(笑)。
    映画「南京!南京!」って日本で公開されるんでしょうかね?

  • 携帯・PCサイト共に題名は変わってません。 スタンスがずーと同じだからだと思います。 ミクシィもやってるけど、こちらは日々の思いが多いかな・・あんまり良い環境にいないせいか?言動が過激かも(笑)。 でも、気負いはないから楽と言えば楽かな・・? 現在の方があたしの能力うまく機能してるみたいな・・えへへへ♪

  • kenさん、一番ゲット、おめでとさまです!
    そうですか、現代歴史学専攻だったんですね。南京大虐殺についての真偽はともかく、中国では「あった」こととして共産党が成り立っている事実がありますね。そもそも当時、日本と中国を衝突させた別の力というのがなかなか興味深いです。ブログのほうおジャマさせていただきました。いずれコメントを残させてもらいますね。
    ——————————-
    こっとんさん、「くだらないこと」の多いマスメディアですが、一方でその存在を楽しみにしている層もあるわけで、なかなか一概に必要ないとも言えないのも事実。ただ、報道は発信者に意思がある限り意図的な偽装や世論誘導は免れないですね。そこをニュートラルに見据える目や耳を鍛える必要があるのでしょう。衆寓にならないようがんばりましょうね。
    ——————————-
    Junpeiさん、一方的に伝わってくる中国からの報道とはちがう、本当に「真実を知りたい」と思っている中国人たちが一定の割合でいらっしゃるというのはありがたいですね。抗日戦争があって初めて自分たちの存在意義を標榜している中国共産党にとって、「日本は悪」でないと論理崩壊につながる。当然、随所に矛盾が生じるわけです。これに疑問を覚える「まっとうな人たち」に合理的な歴史感を共有したいものですね。
    ——————————-
    ちぃさん、映画「南京!南京!」は、北京では公開されたように聞きます。でもまあ、史実を知る人たちにとっては正視に耐えないかもしれません。さて、ブログ以降の現状からすれば、「あれはなんだったんだ?」的な苦労がHTML作成にはありましたね。決してムダではなかったとも思いますけど。
    ——————————-
    たまやんさん、個々の自分メディアを持てることは幸せなのかそうでないのか、ふと思うことがあります。自分の中の変わったもの、変わらないものを確認していく作業には、ブログなどはいいツールかもですね。わりと「己の定点観測」みたいな性質があるのかも?です。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    ABOUTこの記事をかいた人

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。