パスワードのなかった時代を

10年前より確実に増えたもの。
それはパスワード。

「オンラインって便利だなー」と利用するたびにIDとパスワードは増え続け、いまやログインしないまま一日を追えることがないほど。試しに数えてみたら平日で18、休日で9つのサービスにログインしていたことに。ブラウザーに記憶してあり、自動ログインされているものもあるから、本当はもっとあるかもしれない。

パスワードはたいてい忘れる。
覚えやすいパスワードや想定されやすいものはセキュリティ上よろしくないから、組み合わせが複雑になるいっぽうである。定期的に変えるよう強制されるものもある。こうなると頭で記憶するのは不可能である。そこでなにか別なものにメモするわけだが、手書きメモはなくすし、どこにメモしたかを忘れる。パスワードが記録されたデータファイルにもパスワードがかけられており、これも忘れてしまっていることがある。それでパスワードを再送してもらったり、再発行してもらうわけだが、「秘密の答えは?」などと聞かれキレそうになることも。

いつのまにかパスワードを入力しないとなにもはじめられない世界。だがかつてはケータイはおろかパソコンもなかった時代もあったのだ。ぼくは今よりずっと若く、顔もおなかもたるんでいなかった。もしかしたら返して欲しいのは青春なのかもしれない。いや、やっぱり要らない。思えば青春なんて恥ずかしいことばかりであった。いまのほうが、ふてぶてしいだけマシである・・はて?何の話をしてんだっけ。

2013年10月、フォトショップでおなじみのアドビ社がもつ顧客アカウント3800万人分が流出した。ネット史上最大の流出事件である。3800万人といえば世界33位のポーランドの人口と同じ。規模のすさまじさったらない。同社はパスワードそのものには暗号がかけられ、漏洩することはないという。だが皮肉にも「パスワードのヒント」が平文だったために、推察が可能となった。米国のパスワードセキュリティ会社の分析によれば、利用者によって設定されたパスワードは多い順から並べるとこんな感じだという。

もっとも使われていたパスワードは”123456″。いかにも適当である。そういえば世界各国のネットカフェや空港ラウンジで使える無料Wi-Fi のパスワードも、こんな感じのものが多かった。忘れにくいが容易に推察されやすい。侵入者に「こんなもんだろう」と入力され、あっさり一致したりもする。もし使っている人がいたら、即刻変更したほうがよさそうだ。それからパスワード紛失時、「パスワードのヒント」を求めるのもやめたほうがいい。あまり意味がなさそうだから。

1992年、まだインターネットが普及していなかったころのパソコンはネットワークにはつながっておらず、ただのワープロ表計算をするただの電算機であった。そんなIBMの馬鹿でかいパソコンの一台をドイツに駐在する日本人秘書のデスクに設置したことがある。パソコンを起動したときに入力する4ケタのコード。「なんにしますか?」と聞くぼくに、秘書の女の子は窓からみえる空を眺めながら「じゃあ、空で」答えてくれた。

sora

たった4ケタ。だが十分だったのだ。
その女の子を一度、デートに誘ったことがある。そのときぼくは26で、彼女は28。フランクフルト郊外の庭に面したレストランで向い合って食事した。

あれがパスワードのない世界との端境期(はざかいき)だったのかもなあ、と今にして思う。青春は返して要らないが、たまに思い出すにはいいかもしれない。

あとがき
この話題、以前記事に書いたような気がふとしました。

4 件のコメント

  • はーい、しっかり覚えてます。
    不思議な女の子の事務員さんの話題でしょ。
    なおきんさん、しっかり誘ってたのね(大笑)

    パスワードよりそのデートの方に興味あり(笑)

  • 「sora」たった4ケタ。だが十分だった。
    胸がきゅんとします。

    すごい数のPASSWORDに翻弄され…しかも定期的に変更を求められる。
    管理しているつもりがすっかり管理される側になってしまいました。
    便利になったはずなのに、それに付属する弊害に悩む時代…。
    便利さと幸せは背中合わせなものなのかもしれませんね。

  • なおきんさんのこの記事を読み あわてて「パスワード備忘録ノート」を確認しました。10月にアドビ社より警告メールが届いた時点で、すでに変更済みでした。
    その変更したことさえ頭の中から忘れ去ってました。そんな状態ですから、ほとんどのパスワードは記憶にありません。手元の「パスワード備忘録ノート」が万一無くなればもう終わり。(笑) 「sora」こんど使わせていただこうかな(笑)

  • ぱりぱりさん、一番ゲットおめでとさまです!
    そうそう、そうでした。ぼくはもう、いつどんなふうにかいたか忘れてしまいました。デートと言えるかどうか疑問ですが、とにかく一緒に食事をしたのを覚えています。車で家に送ったことも。ただそれだけのことですが。
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    めいりんさん、
    便利とはウラハラに、いや便利だからこそ不便が生じるものなのでしょうね。増え続ける付帯情報と、それを保護するためだけの労力が新たに必要。そんな世の中にいまさらノーとは言えず、さらに保護のための保護にまた別のリスクが・・というふうに連鎖するのもツライところです。
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    たなのぶさん、
    感心しました。でも「パスワード備忘録ノート」が必要なくらいアカウント管理に奔走されているのもまた事実。無くしたときのためにノートのバックアップが必要・・、となるとまた連鎖しそうですね。soraはたぶん、この時代にはあまりに無防備かもしれません。悲しいことですが。

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    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。