なぜいま『はだしのゲン』?

なんでいまごろ、はだしのゲン
たかが漫画じゃないか、と思う人もいるだろうし、戦争の悲惨さを今に伝えるありがたい書物というひともいる。まあ、読みたければ読めばいいし、それだけのことだ。強制することはない。

実はこの漫画、ぼくが小学生のころは推薦図書として「読まされて」いた。1970年代の広島県の小学校はたいてい、そうだったんじゃないかと思う。大人たちから「漫画なんか読んだらバカになる」と言われながら、なぜかこの漫画だけは堂々と読めた。なにしろ先生が薦めるのだ。「堂々と読める」どころの騒ぎじゃない。夏休みにはこの読書感想文まで宿題に出された。つまり有無をいわさず、読めということだ。

今ならうさん臭いと勘もはたらくが、当時はもちろん、ありがたく読んだ。原爆がいかに恐ろしい爆弾で、それが自分が生まれたここ広島に落とされた。が、そんなことは「はだしのゲン」を読む前から知っていた。祖母をこれで亡くし、オトンもオカンも被爆者である。それよりこの漫画を読んで知り驚いたのは、日本人が中国大陸や朝鮮半島、国内での朝鮮人に対する狼藉(ろうぜき)の数々だった。中国で女性の腹を割いて赤ん坊を殺したり、性器に一升瓶を突っ込み骨盤砕いて殺したり、首をはねたり、縛り付けた人を銃剣で突き殺したりする日本兵の姿だった。読み終わったとき、ゲンのひたむきさや家族愛に感動しつつも、湧き上がる日本兵への怒りでふるえた。「天皇は極悪非道の大犯罪人だ!」と叫ぶセリフにそうだそうだとうなづき、ついでにオトンにやつあたりした。オトンは天皇陛下を尊敬していたからだ。そして読書感想文には日本と天皇の悪口を書いた。読書感想文で褒められた記憶は後にも先にもこれだけである。

はだしのゲン』は少年ジャンプに連載され単行本にもなったが、やがて打ち切りとなる。その後は日本共産党の論壇誌に連載された。日教組の「教育評論」でも連載された。この漫画は彼らの思想に合致し、代弁してもくれたのだろう。あるいは彼らの思想を作者に書かせたかもしれない。だが、まだ世の中がよくわからない小学生が読めば、ぼくがそうだったように「これだけ日本人はひどかったんだから原爆落とされても仕方ないよな」と思う子だって増える。

今の大人たちに自然と備わる自虐史観
ぼく自身を振り返ればこの『はだしのゲン』がきっかけだったような気もする。戦前の日本のすべてが悪く、日本人はアジアにひたすら謝り続けねばならないと自然に思うようになっていた。かつてぼくは放課後に朝鮮学校の生徒たちにリンチを受け、鼻血が止まらなくなったことがある。そんなときですら「かつて日本人が彼らにしたことを思えば・・」と仕返しをあきらめたのだ。


原爆で両親を殺され自分も不具者になりながら、恨むのは落とした米国ではなく、なぜか日本の天皇で、ついでにアジア諸国に同情してみせる。りっぱだが、不自然だ。


「女性の性器の中に一升瓶がどれだけ入るか叩き込んで骨盤を砕いて殺したり」「妊婦の腹を切り裂いて中の赤ん坊をひっぱりだしたり」などと伝聞を証言するゲン。天皇をして「未だに戦争責任をとらずにふんぞり返っとる」などという。


原爆の悲惨さを訴えつつも、戦争を終わらせたのは原爆のおかげとまで言い、原爆の犠牲者は戦争狂いの天皇や指導者だと言い捨てるゲン。

読めば自然とあの戦争は原爆投下も含め、全部日本人が悪かったことになっているのがわかる。ていうか、そう読み取らせようとする意図がみられる。これを子どもたちに読ませて、どう育てようとしているのだろう。しかも殺し方は、済南事件や通州事件などで逆に中国人が日本人にやっていた手口である。

とうぜんながら松江市教育委員会などは「子供の閲覧は制限すべきだ」と、まっとうな意見を出す。が、これに噛み付くマスコミは各紙面で、

「閲覧制限はすぐ撤回を」(平成25年8月20日 朝日新聞
「戦争知る貴重な作品だ」(平成25年8月20日 毎日新聞)  
「彼に平和を教わった」(平成25年8月21日 東京新聞

などと書き、これを撤回させた。
これで「彼に平和を教えてもらった」と書く東京新聞などは、ほんとうに読んだのか?と疑う。とにかく、いつもながら日本のマスコミはほんとどうかしている。いったい日本の世論をどこへ誘導しようとしてるのだろう?

なぜいまさら『はだしのゲン』なのか?
おそらく「右傾化しつつある」と警戒を強め、子供から再教育しようとする動きなのかもしれない。いくら責めてもぜんぜん相手にしてくれない安倍政権へのあてつけか。

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はだしのゲン』を読んでいない人、ぜひ読んでみてください。かつて読んだ人、もう一度読んでみてください。きっと、ものすごい違和感が味わえます。それが正常。まともな証拠。この漫画を子供に読ませようとする人たちもそのことは百も承知かもしれない。だけど「まだ子供なら」とでも思ったのだろう。

読後「やっぱり日本はひどかった」と思ったあなたは、再教育されてしまったかもしれない。だけどそれもまたよし。日本の懐の大きさが味わえる。中国や韓国で同じように自国を貶める言論など吐いたら、ふつうに生活ができなくなる。北朝鮮なら、あっという間に殺される。しかも家族ぐるみで。

5 件のコメント

  • はだしのげん、補習高でちょこっと読みました。読まされた訳ではないです。当時、もう10歳だっただろうか。グロく、汚い絵の為、興味が無かった。ゼロ戦が好きだったので、メカ系が上手く描けて無い漫画は嫌いだった。「紫電改の鷹」や松本零士の「ザ・コクピット」シリーズの方が好きで、何回も読み直しては、ゼロ戦のプラモ組み立てたりしてた。今はどうだろう?はだしのげんを読むだろうか?多分、読まないだろう。読みたく無い。それは、戦争の悲惨さ、惨酷さ、被曝の恐ろしさなどを無視したいとかではなく、歳とともに、歴史上の出来事をもっと幅広く知る事が出来たからだと思う。はだしのげんのシナリオの2, 30年前後。日本は本当にひどいか?そうと思えない。ただ、喧嘩引っ掛けられて負けた訳程単純でない。けど、邪悪な存在でもない。本気の気持ち?誇り高く、日本人だと言える自分。

  • 被爆地:長崎に生まれながら『はだしのゲン』は読んだことがありません。小中学校の図書室にも全巻あったと思いますし、夏には映画みたいなものも上映されていたような気がします。それでも見なかったのは、まず単純に絵が好きではなかった事、そして長崎という土地柄、原爆の悲惨さは色んな機会で知ることができていたからだと思います。
    体験談などの中には「軍人さんは、偉そうだった」「軍人さんをには逆らうことができなかった」などの話もありましたが、「みんな日本のために戦っている軍の人たちに感謝していた」などの話も聞いたりしていました。子供ながらにどっちなんだろうと疑問に思ったりしていたのを覚えています。どちらも本当なのでしょうけどね。
    今回の問題に関しては、なんで今更注目をしているんだろうと疑問に思っていましたし、すごく違和感を感じていました。なんか裏がありそうな、胡散臭さを感じちゃいますね。
    長崎の被爆団体のほとんどの方は天皇陛下や戦前の日本を嫌っていないとと思います。純粋に戦争を嫌い、原爆の悲惨さを訴え、核兵器の撲滅を願っているものと思っています。その思いを無視するような漫画の推奨は止めて頂きたいものです。

  • 寿司屋のセガレさん、一番ゲットおめでとさまです!
    まず漫画のタッチは好き嫌いの分かれるところでしょうね。ぼくも「ザ・コクピット」は全編読んだ気がします。どちらかというと、初戦の強かった日本軍より、反撃され、敗戦間際の頃をモチーフとするものが多かったような気がしますが。松本零士はそういう弱いところにスポットを当て、ロマンを感じるタイプなんでしょうね。とにかく「はだしのゲン」のように、漫画なのにわざわざ学校がすすめるところがまず胡散臭いですよね。
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    mu_ne_2さん、
    あの絵が好きでない人は意外と多いですね。その上、残酷なシーンも多かった。なぜかとても親切な朴さんという朝鮮人がいつも主人公の家族を助けていて、これもなんだか恣意的でした。日教組や市民団体なる主張が、どうも「反核 = 反戦 = 自虐 = 反日」という連鎖が感じられて、むずむずしますね。

  • 広島人です、はっきりいって今回騒ぎはよいムーブメントを造れるのでは?と期待します。何故なら自分はエノラゲイやボックスカーを比喩した創作映画をゆくゆく米国や全世界に出せればと考えるからです。歴史に正解等あり得ないというメッセージを込めて。

  • にんにんさん、初コメントありがとさまです!
    広島ご出身なのですね。思えば戦後、反戦映画はいくつもあったけど、あからさまに原爆を落としたこれら2機のB29爆撃機をアンチとした映画は作られてきませんでした。歴史は必ずしも勝者だけに正当性があるものじゃないことを示す映画が必要かもしれませんね。

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    なおきん

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。